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空を見上げて
春になった。
私は晴れてインターンを終わり、練馬区内の内科医院で医師として働くことになった。
今日は日曜日で診察はお休み。そして、約束の日でもあった。
かつての練馬区杉菜町飛地であった柵の張られた大穴の前に自転車で向かうと、小早川さんの奥さんが遠くから手を振ってくれた。
「お久しぶり。あやちゃん」
「お久しぶりです。今回は、小早川さん、乗らなかったんですね」
「ああ。うん。大変なのよ。政府との折衝。地上にいなきゃ」
「ははは。空に浮かんでるものには住民税はかけられない」
「そうね。今度、国として独立するって言ってるし」
「旦那さんは?」
「旦那は隣国巡り。外遊三昧。国としての既成事実づくりと航路の安全確保」
「心強いです」
「あやちゃんはどうするの?ずっといてもいいよ、って言われてたわよね」
「私、医者としてはペーペーなんで」
「そんなことないのに」
「ははは。あの。飛地を未来に継ぐ者は必要ですよね」
「そうね。こういっちゃあれだけど、みんな歳が」
「ですから、力強い後継者を作ってから乗りたいと思います」
「あ。そっか。あて、あるのね。彼氏」
「いえ。がんばってこれから作るんです」
「ははは。そっか。がんばってね」
「だから、飛地のみんなには、もう少しだけ、待ってもらわないと」
今日は、飛地の住民たちの健康診断の日。
私は彼らのホームドクターなのだった。
「ほら。降りてきた」
「はい」
太陽がまぶしい。
空を見上げて、そこに浮かぶ飛地が降りてくるのを私は待っていた。
気持ちいい風に吹かれながら。
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