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飛地
バスを降りると、そこは東京都練馬区杉菜町という住居表示だった。
ところが、目の前の道を渡ると、すぐに埼玉県の新座市。
それは、大好きな祖父のところへ行くのに何度も通った道。
いつ来たのが最後だろう。
大学に入ったばかりの頃は、時々遊びに来てたと思う。学生生活も終わりに近づくにつれ、来られなくなった。実習もあったし、あ、そうだ、彼氏もあの頃はいたんだった。
3分も歩くと、畑のそばに祖父の小さな家が見えた。
ここは、再び、東京都になる。
東京都練馬区杉菜町8391番
いわゆる飛地というやつだった。
住民税は、練馬区に払う。ごみの車は、練馬区から来る。
でも、水道代は新座市に払ってる。
そんな話を祖父はいつも面白がって話していた。
この一帯、50メートル×30メートル、畑を含む10軒だけが埼玉県新座市の中にポツンと点のように存在する東京都だった。
祖父の小さな白い二階建ての家。
チャイムを押そうとしたが、何人かの話声が中から聞こえる。
来客中か。
私は少しためらったが、ままよ、とチャイムを押した。
しばらくして出てきた祖父。
ヤギのような髭を生やした痩せた老気象学者、辻伸介。
私はその口から、あたたかな言葉が漏れるのを期待していた。
「あ」
しかし、祖父は、私を認め戸惑ったように、口ごもったのだった。
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