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祖父は、早くに連れ合いを亡くしてずっと一人で生活していた。ここは、私の祖母が亡くなり、それまでの職場を定年退職した後に祖父が建てた家だった。 「取り込んでるところにすみません」 「あはは。あや、すっかり言葉遣いが大人で。いいんだよ、くだけて」 「お客さんがたくさん来てる」 「ああ。いつものことだから。取り込んでないときなんてないんだ。最近」 「近所の方たちですか?」 「ね。敬語はよそう。近所の人だよ。飛地のみんな。全部来てる」 私は二階の祖父の書斎に通され、籐椅子に腰かけた。 祖父の籐椅子は心地いい。私は高校生のころ、ここでそのまま寝てしまったことを思い出した。 「なんかあった?あや、突然来て」 「あ。はい。あの」 「ん?」 「おじいちゃん、引っ越すの?」 「あ?ああ」 私は部屋に入るなり異変に気づいたのだった。 祖父の大量の本が片付けられて、書棚の下の二段だけになっている。 「本はね、段ボールにある。仕事はパソコンがあればことたりることも多くなったしね、それに」 「はい」 「大きな地震があったとき危ないでしょ」 そりゃ、そうだ。 でも、祖父は本の虫だった。ちょっと寂しい。 「絵も外しちゃったんだね。ここに額に入った抽象画があった。好きだった」 「下にあるよ。あとで見るといい。それより」 「はい」 「あや、お話ししたいことあるんじゃない?」 「あ。はい」 私は、今、職場を放棄してここに逃げてきたことを祖父に話した。 医療に携わることのプレッシャーに耐えられないこと、とても医師としてやっていく自信がないことを祖父に訴えたのだった。
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