死屍累々ランチ

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真夏の日。最悪の存在の私にも暁は平等にやって来る。 生も死も大差ない。 命を味わうのは自分の身体を傷つけた時の痛みと己の血の色を見た時だけだ。 死ぬ勇気もなく、全てが面倒で部屋に寝転んでいる。 何もせずとも腹は減るし、喉は乾く。尿意も便意もある。生きていることはつくづく面倒臭い。 私がこうなってしまったのは突然目覚めた超能力のせいだ。 サイコキネシス、テレポーテーション、クレヤボヤンス、プレディクション、この世に存在するといわれる超能力が60歳の誕生日に使えるようになった。 妻が誕生日当日に催してくれた還暦祝い会は素晴らしく豪華で、普段は一堂に会せない子供達と孫達、旧友に囲まれ楽しく穏やかだった。 妻も珍しく笑顔だった。 孫達に無理矢理に赤いチャンチャンコと赤い帽子を着せられそうになった。 まだまだ自分は現役だと思っていたので力の限り抵抗した。帽子で顔をすっぽりと覆われ前が見えず、ビリリとチャンチャンコの裂ける音が聞こえた。 着たくもない老人の証の赤いチャンチャンコを纏っていると思うと怒りがこみあげた。 その途端に目、耳、口、鼻、肛門、尿道から何万本の糸のようなものが入り込んで私の体の中を猛スピードで駆け巡った。 肉体の内圧が高まり、行き場のなくなった臓物が腹をぶち破り飛び出す感覚がした。何者かに深く侵食された。 「やっと定年、これで離婚できる。退職金の半分以上は貰わないと割に合わない」妻の声。 「親父、早く死なないかな。この家を売った金で借金を返したいんだけど」息子の声。 「母さんより先に死んでね。父さんの面倒なんて気持ち悪くて看たくない」娘の声。 その場にいた人間の、私に向けた思念が大音量で幾重にも重なり脳に直接に流れ込む。強い吐き気を感じた。 「止めろ! 止めてくれぇ!!」 『ゴリゴリゴリグチャァァァ』 湿気た木材を折る様な音と熟れ過ぎた果実を捻り潰す様な音の後、一気に沈静した。 帽子を取り去り見ると室内は大量の人肉と血で溢れていた。 私はそのまま二階の書斎に閉じこもった。 暫くして、欲しい物が目の前に現れ、行きたい場所にも一瞬で行けると気付いた。世界中で起きることの予知もできた。愛しい人達を潰したことも自覚した。 全能の力を持ってしても、まだ彼等を生き返らせることはできない。 また腹が減る。目の前に天丼が現れた。死にたいと思いながら、今日も飯を食う。
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