私からあなたへの手紙

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私からあなたへの手紙

 お手紙をたしかに受け取りました。  私もあなたに本当のことを告げなくてはなりません。  私はあなたと図書館で初めて逢ったとき、あなたがどこか遠い場所からこの街にやって来たことをなぜか直感していました。お互いの関係が深まっていくにつれて、あなたが時おり見せた悲しそうな横顔に、私はいつか訪れるであろう別れの時を予感していたのです。  私もあなたと同じように、もう少し、あと少しだけでも長く一緒にいたいと祈りながら毎日を過ごしていました。  あなたとの日々は私にとってかけがえのない宝物です。  あなたのように本が大好きな人に出逢えて、手をつないで夕暮れの街をおしゃべりしながらどこまでも歩いたことを私は一生忘れません。  言葉が存在しない未来なんて、私にはとても想像がつきません。  私の生きる時代では相変わらず誰もが言葉というものを駆使して、日々喜んだり、悲しんだりをくり返しています。便箋に綴っていた手紙がいつしか電子メールに変わっても、人々が自らの心の中にある思いを言葉に託して相手に伝えることは何も変わっていません。  たしかにあなたの言うとおり、言葉はときに曖昧で不完全であるために多くの誤解や争いの火種となることもあるでしょう。またときには鋭い刃となって、人の心に決して消えることのない深い傷を刻みつけることもあるでしょう。  でも、それらとは対照的に人を励まし、勇気づけることもあれば、さらに言葉とは裏腹にその人の心の内にある複雑な感情を推し量ることもまたできるのです。私は言葉という不完全なものでしか、私達のとらえ所のない不安定に揺れ動く心の姿を伝えることはできないのではないかと思っています。  私はいつかまた、遠い未来に、あなたに出逢えるような気がしています。そのときはもう私の姿は今とはずいぶん変わってしまっているかもしれないけれど、きっと目と目が合った瞬間、私達はお互いの存在をすぐに分かりあえるような、そんな気がするのです。  そのときはまた、手を取り合って、夕暮れの街を並んで歩いてくれますか?  あなたのご友人が未来へ帰った際にこの手紙をあなたへ届けてくださると言うので、お言葉に甘えてお願いしようとも思ったのですが、お断りしました。  どうしてかというと、私とあなたを隔てる千年の時に運命を賭けてみることにしたからです。  どういうことかというと、私はこの手紙をあなたが図書館を初めて訪れた際に熱心に読んでいたこの本の隙間に挟んでおくことにしました。  この図書館が千年後も存在しているかはわからないですが、あなたのような言語考古学者の方々がこの本を過去の遺物として大切に保管してくださることを期待します。  私もあなたを忘れません。今もこれからもずっと、あなたを愛しています。
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