10年越しの強がり

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私の下宿に母が来たのは、そんなある日の事だった。 「卒業後はこの人と結婚して頂戴ね、とても良い方よ。」 決定事項の通達を思わせる言葉だったが、私は生まれて初めて母に逆らった。 「いや、 出来ません。 私には 恋人がいるんです」 その言葉に、母は血相を変えて問い詰めてきた。 「どこのお嬢さんです、 どうせ平凡な学生でしょう。 恋愛だけなら結構ですが、結婚となるとそれではいけません。 貴方は園田医院を継ぐ大 事な跡取りなのですからね。 その妻となるからには、ちゃんとしたお家の人でなくては。」 元より選択肢など無く、母はただ釘を刺しに来たのだと理解した。 「しかし......。」 「どうしてもというのなら、勘当します 。」 突き刺す様な母の言葉に、自分の無力さを思い知らされた。 当時の私に、両親の助けなく生活する甲斐性は無く、恋人を幸せにできる力もない。できるのは、その場で彼女との別れを誓うことだけだった。 彼女と過ごす最後の日。 至って普通に過ごした。 映画を見て、喫茶店に入り、買い物をして、夕食を摂った。 いつものように彼女を駅まで送ると、立ち止まり、そっと告げた。 「今までありがとう。 私とのことは忘れて、幸せになってください。」 「え…。」 「別れましょう。」 私の言葉に彼女は驚き、後退りして、静かに涙をこぼした。 丁度恋人になってほしいと告白した時の顔と同じだった。 しかし今は、抑えきれぬ狼狽を押し殺し、冷静さを必死に呼び戻し、それでも私を直視して言葉を絞り出した。 「…....わかった。」 「ありがとう、 さよなら」 私は、逃げるようにその場を離れた。 振り返ってはいけない、離れられなくなってしまう。 彼女もわかっていたのだ、いつかこの日が来ることを。 その気高い眼差しと、流させてしまった涙が、脳裏に焼き付いて離れない。おそらく私は生涯、この記憶に責め続けられるのだろうと覚悟した。 彼女と別れた駅から二つ先の駅に着いた頃、雪が降っていたことに気がついた私は、 自分の冷酷さを激しく嫌悪し、また憎悪した。そして迫り来る耐え難い喪失感に抗う術はなく、人目もはばからず泣き崩れた。
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