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婚約者が死んだ。
『世界から色が消えた』だなんて、こういう時人は言うのかもしれない。
けれど、真っ暗闇を‟黒”と認識できるのなら、それはまだマシなのではないだろうか。
「要ちゃん、本当に、なんて言葉をかけたらいいか…。でもね、時間はかかっても必ず幸せになるのよ。修太郎もきっとそれを望んでいるからね」
「……はい」
‟幸せになって”
この言葉を今日この場所で、この数時間のうちにいったいどれだけの人にかけられたことだろう。
その度に私は口の端を無理に上げ、薄ら笑いを浮かべて見せる。
それはいったい誰のためかって?
彼の親族に心配をかけないためか、他に言葉が出ないからなのか…。ううん、違う。修ちゃんのためだ。
‟良い婚約者”の仮面を崩さないことで、最後まで修ちゃんを守るためだ。
決して自分のためではない。
ギュッと、爪が皮膚に食い込むほどの強さで喪服の裾を握る。
涙の跡か、見るとお腹あたりの部分が所々シミになっている。クリーニングに出さなきゃな…なんて、こんなことを考える余裕があるくらいだから、今の私はまだ正常なのかもしれない。
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