第1章 『たい焼きの数えかた』

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2 楽さんがやってきたのは、それからすぐだった。 「さっき、源さんたちが来てましたよ。これから楽さんのところ行くって」 すれ違いになったことを説明したが「そらちょうどいいや」と椅子に腰を下ろした。 「たい焼き、1尾な」 と。 僕は頷いて、すぐに焼き始める。 6年やってるけど『1尾』と注文するお客さんは居ない。 「これも立派な魚だろうが」と凄まれたのを思い出す。 魚屋なのに真っ黒に日焼けしていて、生やした髭は白く、がたいもいい。要するに、楽さんは厳つい。ひと睨みされれば、固まるしかない。 そんな楽さんなのに、最近は覇気がないともっぱらの評判だ。 濃い緑茶と一緒に、焼きあがったたい焼きを出す。 このお茶も、合格を貰うまで大変だった。 1番、文句を言っていた楽さんが、まずお茶を口に含む。 今でもこの瞬間は、緊張する。 「ふぅー」と息を吐き出し、たい焼きを豪快に頭からかぶりつく。 半分ほど食べた頃だろうか? 突然だった。 突然、楽さんが言ったんだ。 「俺、自信がねーんだよ」 「えっ?」 「父親になる、自信がねーの!」
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