第1章 『たい焼きの数えかた』

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3 初めてのお客さんだった。 客商売は空気になることと、お客さんの顔を覚えること。 道には迷う僕でも、お客さんの顔は忘れない。 まだ20歳前後だろうか? たい焼きの購買層は圧倒的に年配の方が多い。商店街という土地柄もあって、若い学生が立ち寄ることはあまりない。 そもそも、カスタードなんてハイカラな商品はないし。 だから余計、印象に残りやすい。 まだ大学生かな? 顔は幼いけれど、どこか落ち着いた印象がある。 僕が焼き始めると、青年に声をかけたのは楽さんだった。 こういう時、お客さん同士が仲良くなったりする。 「今、1尾って頼んだか?」 「えっ?あっ、はい」 「やっぱ1尾だよな?」 「そうですね。たい焼きっていっても魚なんで」 「だよな!」 『気に入った!』と、青年の肩を無遠慮に叩く。 今時の若者は、慣れを極端に嫌うが、彼は恥ずかしげに微笑んでいる。 「兄ちゃん、今いくつだ?」 「20歳になったばかりです」 「そうかそうか、わけーな。学生か?」 「それが、大学を辞めて働き出したところで」 「辞めちまったのか?俺が言うのもあれだが、学は必要だがなー。学さえありゃ、なんとかなったんじゃねーかってこと何回かあったからな。もったいねーな」 楽さんの言葉に頷いていたが、次の瞬間、僕は思わず出来上がったたい焼きを取り落としそうになった。 「子供ができたんで」 青年がそう言ったからだ。
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