第1章 『たい焼きの数えかた』

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1 僕は『冬』が好きだ。 始まりが芽吹く春の風も好きだし、潔いのよい夏の香りも嫌いじゃない。なにかが物足りなく感じる秋の気配は、切なさを肌で感じることができる。 けれど僕は、身を切るような冬が好きだった。 「ううっ、さむ」 まだ陽も出ていない午前5時。 僕は自転車のペダルを漕いでいた。懸命に足を回せば、この嘘みたいな寒さが消えるとでもいうように__。 商店街のアーケードに入るとすぐペダルから足を離し、溜め込んでおいたスピードを使って、ハンドルだけで進んでいく。 距離にして200メートル。 町は寝静まっているのに、あちこちで明かりが灯っている。 どこかホッとした。 魚屋の『河磯』に八百屋の『丸亀商店』、豆腐屋の『むらはち』なんかはもっと早くから仕込みをしている。パン屋の『ラ・ムール』の前を通ると、カレーの匂いがした。 ここはカレーパンが一押しだ。 ここ【大丸商店街】は、すでに目を覚ましている。 そして中ほどまで進んだ角地に着くと、自転車を止め、お店のシャッターを開けた。 ここが僕のお城。 『たいやき ありき』
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