第2章 『頭から?尾っぽから?』

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1 『たい焼きは、あんこが命』 それが【師匠】の口癖だった。 だから僕は、5時から小豆と格闘する。 赤く光り輝いた、北海道産の十勝小豆。そっとすくい上げ、まずは小豆と小豆をすり合わせるようにして水で洗う。 しゃりしゃり。 小豆洗いという妖怪も、この感触が気持ちよくて知らないうちに笑顔を浮かべていたのだろうか? 何度ももみ洗いし、汚れを落とす。 水に浸け置き、そのあと大鍋に移すといよいよ小豆が踊り出す。 『ほら、よく踊ってる』 師匠が柔らかく笑ったものだ。 まだ幼い子が、初めて覚えた遊戯を見守る保護者のように__。 けれどそれは、沸騰するまで。 アクを丁寧に取り除く。 やや眉を寄せながら。 アクは雑味でもあるけれど、美味しさでもあるからだ。 大きなヘラで、鍋底から『の』の字にかきまぜる。 焦がさないよう、潰さないよう。 絶妙な力加減で混ぜていくんだ。 その表情は、鬼気迫るものがあった。 いっときたりとも小豆から目を離さず、鍋から離れず、つきっきりだ。 砂糖と水飴を加え、最後に塩で味を整える。 そして、最高の粒あんが出来上がる。 たい焼きと相性のいい、粒あんが。
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