白い手袋、緑のライン

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 僕は茨城の取手駅と上野駅を何度か往復し、常磐線快速としての数時間を堪能し、松戸車両センター安孫子出張所の留置線へと導かれた。  僕から降りた構内運転士が、首筋をさすり、つぶやきながら去って行った。「何か……誰かに見られてる感……こわ」  空には、満月より少し早い月がすっきりと懸かっている。  昼間のここは、打音検査のハンマー音や、車両洗浄の水音で騒がしいのかもしれない。今は静かに整然と並ぶ、十数両の黄緑と緑。みな眠ったように、明朝の出庫を待っている。  僕のからだが収縮するように、きい、と音を立てた。 「……誰か、いる?」  隣の電車が声を上げた。 「いるよ」 「わ。しゃべった」 「自分もしゃべったくせに。どうも、菅原勝郎です。享年58」 「菊池冬馬です。冬の馬。中二です」  勝郎さんは初対面とは思えない、くだけた口調で話し始めた。 「俺さ、基本E531系なんだよ。青いラインの、土浦とか勝田まで行くやつ。いつもは勝田の車両基地にいるんだけど、さっきお前とすれ違って、『新入りだな』と。で、ここにお邪魔したわけ。えーと冬馬くんだっけ? どうして、ここに?」  僕は、下校途中、車に轢かれたかもしれない、気が付いたらこうなっていた、と説明した。 「それは、いいんだけどさ。何で常磐線快速?」  勝郎さんも「死んだ<常磐線快速」の図式になっていることがおかしくて、僕も口が軽くなった。 「ちっちゃい時から鉄道が好きで……常磐線快速が特に。乗ったことはないんです。写真で見ただけで。住んでるの、うんと北なんです。だから、今までなかなかチャンスがなくて。どうしてって言われると、うまく説明できないんですけど……色、かなあ」 「一目惚れってやつか」  その言葉に、僕は「へへ」と照れ笑いをした。「だから、常磐線快速に生まれ変わったのかなあ。……死んだ実感は、ないけど」  勝郎さんが声をひそめた。 「普通、自分が死んだら死んだって分かるよ。……お前、まだ生きてるのかもよ」 「生きてる?」
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