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「で、お前はやっぱ、鉄道関係で働きたいとか、夢あんの? あー、まだ生きてると仮定してだ」
「えーと……電車の運転士、だった、けど……」
消えそうになった語尾を、勝郎さんは聞き逃さなかった。「過去形?」
僕の頭に、チョンだらけの数学の点数が浮かんでいた。
中学校に入ってから、あからさまに僕の周りを飛び回るようになった「少なめの数字たち」。それが、夢の輪郭を曖昧にし始めている。努力次第、という言葉に、次は必ず、と自分に言い訳する。
勝郎さんが声を高く張り上げた。
「まー時々、あるわな。『いつか俺も』が『どうせ俺は』の沼に、はまることは、さ」
僕のからだがまた、キン、と鳴った。
勝郎さんの声が、ささやくように低くなった。「俺も、あったわ」
電車がまた一本、レールと車輪の摩擦音を立てて走り抜けていく。
押し黙ったままの僕に、勝郎さんが尋ねた。
「なあ。お前のE231系が、取手で折り返す理由は何だ?」
僕の前照灯がすっと点いて消えた。「……デッドセクション」
デッドセクション。死電区間。
取手の先で、電車に送られる電気の流れ方が変わる。直流から、交流へ。その切り替えのために、およそ100m、電車には電流がこない。
勝郎さんの青いE531系や特急は、そこを通過する機器が備わっている。僕のE231系は、それを積んでいない。
「人生に例えるなら後悔と躊躇だな、デッドセクションは。そのど真ん中で走るのを止めたらどうなる? 電気がこない。立ち往生だ。後にも先にも進めない」
勝郎さんは一息置いて、からかうように、煽るように、誘うように言った。
「そのデッドセクションの先にさあ、あるんだよ。時速130㎞で突っ走る区間は」
営業を終えた車両が一本、ゴトゴトと留置線に戻って来た。そこから降りた運転士が、僕の方に近づいてくる。
僕は、早口で勝郎さんに聞いた。
「元に戻りたくなったら、どうすれば?」
「本当に戻りたくなったら、教えてやる」
すうっと、勝郎さんの気配が消えた。
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