白い手袋、緑のライン

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 怖いおじさんと若い男が揉めている。「かばんが当たった」とか。「いや、謝ったじゃないですか」とか。「聞こえねえんだよ」とか。  罵りあう声は、大きさとピッチをあげていく。  僕の空気がひんやりと冷たくなり、車体はいつもより小刻みに震えて、我孫子駅に停まった。ピンポン、とドアが開く音。騒ぎを避けるように、さあっと人が流れていく。  車掌が駆けつけ、穏やかな物腰で二人に声をかけた。「どうかされましたか?」  けれど怖い人は、今度は車掌に食ってかかった。「てめえ、邪魔すんな! 客に文句言うのか!」今にも手を出しそうな勢いだ。  車内の空気が、音を立てて張りつめる。僕はたまらず、叫んだ。 「やめて!」  車体が一瞬、びりっと大きく震えた。 「地震?」ブレーキに添えられていた運転士の右手に、ぐっと力が入る。  あちこちから、「きゃあ」「なんだ?」という小さな叫び声。  怖い人も、きょろきょろと辺りをを見回した。  その隙に、若い男の声。「今、警察呼んだからな!」 「うるせえ!」  怖い人は僕に唾を吐いて、どすどすと出ていった。  車掌が、唾をティッシュで拭きとって「お騒がせしました……」と謝っている。  間もなく、その車掌の声でアナウンスが入った。 「我孫子駅、4分ほど遅れての発車となります。お急ぎのところ電車遅れて大変申し訳……」また、謝ってる。  運転席で、運転士がきゅっと白い手袋を引っ張った。制服の袖も、すっと整えた。  その仕草から、僕は感じた。運転士は今、こう思った。 ――4分の遅れを、絶対取り戻す。
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