白い手袋、緑のライン

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 白い手袋が、手元の薄黄色の小さなランプと前方で青く光る信号を順に指さす。「戸閉(とじめ)点」「場内進行」  右のハンドルで、ブレーキを解除。左手が、アクセル代わりのマスコンのレバーをゆっくり引く。  モーターのうなり声とともに、僕の車輪が回り出す。  はじめの速度制限を超えないよう踏ん張り、制限解除区間で勢いに乗る。  運転士の、ぶれない速度と距離の感覚。正面の懐中時計が、その確かさを後押しする。  レールの継ぎ目が奏でるリズミカルな音に身を任せ、蜜柑色の夕暮れの空気を切り裂いて、僕は時速100㎞の風になる。  安孫子から30分たったところで、運転士の左手がさっとマスコンを切り、右手が繊細な力加減でブレーキをかけた。  僕は緩やかに上野駅11番ホームへ入り、車止めのバツ印の前でぴたりと停車した。  遅延、0秒。  ふう、と息を吐いた運転士に、僕は聞きたくなった。 「あの……どうして、運転士になろうと?」  運転士は、車止めのバツの、その向こうを見るように顔を上げた。 「レールは続いてる。どこまでも。どこへでも。小さい頃、そう思った」  それから、はっと息をのんで、慌ただしく黒い鞄に荷物を詰め、ぼそぼそと独り言を言って僕から出て行った。「……なんで急に、こんなこと言った?……こわ」
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