1.地上総選抜遊戯

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 現在、元シロの青年は、担当地域のリストの人間の一覧から、一人の女性を観察している最中だった。  名は『サアヤ』。二十歳の成年少女だ。普段は、アルバイトを掛け持ちして働き、月に数回、保護猫シェルター施設のボランティアをしているようだった。  目立った友人関係や恋人はいないようだが、勤勉で人当たりも良く、職場の人間からの信頼は高い。質素なアパートで、自炊や倹約しながらの一人暮らし。生活態度や交友関係を見るに、堅実で真面目、温厚。本性は確かではないが、典型的な優等生タイプの無害な人間だろう、と元シロは推測した。  何しろ、自分の担当地域だけでも、百人単位の人間がリストに上がっている。時間は幾らあっても足りない。明らかに怪しいと見定めた人間になら、ちょっとした試しを入れるが、このタイプの人間なら大丈夫だろう……と元シロの青年は考え、決断した。  片手を広げ、ふわっ……と淡く揺れる、一つの純白の羽根を召還する。生き残りの証の羽根だ。勿論、人間の目には見えない。  この羽根と、羽根が発する光の信号を頼りに、シロの死神は『推された魂』と判断し、逆に羽根の無い人間を、速やかに天国に送り出すのだ。  仕事帰りなのであろう、暗がりの夜道を歩く彼女の背後まで舞い降り、彼女の背中に羽根を投げ射つ。  ふわり、ふわり……と揺らめきながら、虹色の光を放つそれは、パッと見は、とても美しい。『推した魂』だの、生き残りの『生還者の証』だのと、天上では称されているが、その過程は随分と呆気ないな、と元シロの青年の心に、ふと、空虚感が過った。  過去の選抜で、一人の人間に特別な情を抱き、個人的な想いで羽根を投げた者がいたらしい。  そのように私情を入れて選び、本来の資格が無いと見なされた場合、『推した』天上の者は、罰を受け消滅させられる。人間の方に至っては、当然、資格は剥奪され、本来の基準で生死を決定される。  基準についても、色々と思うところはあるが、なにがなんでも生かしたいと願える熱のある感情とは、如何なるものなのだろう、と興味はあった。  シロの仕事をしていた頃、度々、亡くなった魂に『あの人と離れたくない』『あの子を助けてから逝きたい』等と、懇願されることがあった。時には、その相手が地獄逝き確実の人間でも、その魂は必死に側にいたい、と泣きついてくる……  考えても仕方ない。自分には理解できない無縁の感情だと、シロの青年は雑念を振り切るように少女を追い越し、行く先を遮るように待ち構えた。  シロクロそれぞれの死神の配下には、天上の者にならではの翼が無い為、ぱっと見は普通の人間に見える。故に、いきなり話しかけて、神の選抜だの、お前は生き残りの人間だのなんて話したら、不審者扱いされるだろう。  しかし、いざ()()()が来て、周りの人間が一気に消える中、自分だけが残る事に錯乱し、自殺でもされたら困るのだ。  神の命の元に、わざわざ『推した』人間に自ら死なれて地獄逝きになるのは、元シロとして、更に大目玉を食らう。大昔の選抜で、友人や家族が消える事態に絶望し、選んだ人間が後追いするケースがあったので、念を入れなければならない。  故に、選んだ人間に姿を見せて状況を話し、生き残りだから死なないように説明するという、仕上げの作業は必要だった。  改めて、心底面倒な仕事だと、元シロの青年は嘆く。大抵は、初めは怪しんでも、一部始終を説明した後に速やかに去れば、自分が生き残れるのなら良いかと、半信半疑でもとりあえず納得してくれる。  自分達、天上の者が、シロクロ男女問わず、それなりに整った顔立ちなのは、こういう時の為だとは聞いていた。只でさえ、めちゃくちゃ不審がられるのに、せめて美しい外見でいなければ、即逃げられるか、地上の警察に通報されるのがオチだったのだ。  更に、魂の案内人であるシロとクロには、其々に純白と漆黒の翼がある。彼らの配下になった当初は、格付けの象徴かと穿っていたが、今は納得していた。そんなものでもないと、亡くなった魂は、自分が死んだ事を受け入れられないのだと……  寿命が無い代わり、何かやらかして消されない限り、一生、お上にこき使われる、自分達天上の者にとって、地上の生物、特に人間は、何故そこまで生に執着するのか疑問だった。  悪魔や妖魔なら、人間に悪戯や誘惑を仕掛けておちょくる、という道楽もあるだろうが、自分達のような死神に携わる者には無縁な事……  今日は、やけに念がざわめいて気が散るな、と思考を追い出し、とにかく仕事をこなそうと、元シロの青年は切り替えた。  先程から待ち構えている、選別の羽根を射した女性に()えるよう、白銀の長髪、純白のタートルネックとスラックスという衣装のまま、少しずつ(もや)を晴らすように、姿を現した。
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