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Drink it down ①
大学の談話室の隅で欠伸を零していると
「大きな欠伸だね、先輩」
肩をポンと叩いて、隣に優希が座った。
「ん~、昨日バイトで面倒があってさ、帰るのが遅くなったんだよなぁ」
両腕を伸ばし思いっきり伸びをする。
「大変だったね。同居してる親戚の人も心配したんじゃないの?」
「ん?…あぁ、まぁ…一応連絡はしたから…」
「真面目だね、皓太さんは」
クスクス笑う優希の頬をむにっと抓る。
「こら~、先輩を揶揄うな~」
「暴力はんた~い」
黎と逢って6年。
黎との生活は大きな変化も無く続いている。
大学とバイトの両立も黎が一緒だから頑張れる。
黎に認めて欲しくて、黎に「よくやったな」と言って貰いたくて、試験勉強も時にはきついバイトのシフトも頑張ってきた。
大学生活も自分なりに楽しんでいる。
多くはないけど友人も居るし、優希みたいな慕ってくれる後輩もできた。
今まで黎しか居なかった俺の世界。
黎を中心に回っていた俺の日常。
それではダメだと黎が怒るから、少しずつ世界を広げる。
少しずつ交流を深める。
それでも、俺にとっては黎がすべてなんだ…
「ただいま」
「お帰り、皓太」
「黎、今から仕事?なら俺も一緒に行く」
「皓太は今日バイト休みだろ?」
「うん。でも行く。ついでに夕飯の買い物でもするよ」
「夕飯ならもう作ったぞ」
「えぇ~…」
夜間しか外を出歩けない黎と一緒に出かけたかったのにと、少し唇を尖らせ俯くと
「…なら、明日の夕飯の買い出しでもするか?」
ついと伸びてきた指先が顎に触れ、上げられた顔の頬に触れる柔らかい感触。
「…いい歳して、子供みたいに拗ねてんじゃねぇよ…」
内心を見透かされた恥かしさで顔を背けると、黎が小さく笑った。
いつだって、黎には敵わない
いつだって、黎は俺のすべてを解っている
俺もいつか…黎のすべてを解る日が来るだろうか?
離れて行く背中を追いかける様にして、ぎゅっと張り付く。
「…なあ、黎」
「ん?どうした?」
「…俺…黎の働いてるバーに行ってみたい」
「………ダメだって言っただろ」
「だって!…黎の仕事仲間とかに俺も会っ」
「ダメだ。何回も同じ事を言わせるな」
切り捨てる様に言って黎は、腰に回していた俺の腕を剥がし玄関へと向かった。
黎のすべてを知りたいと思うのは、俺の我が儘なんだろうか?
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