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バーのカウンターでグラスを磨きながら、小さく溜め息を零す。
折角皓太と一緒に外に出られると思ったのに、出かける直前の皓太の言葉にそんな細やかな幸せも一気に吹き飛んでしまった。
…いや、違う。全て俺の所為、俺が悪いんだ…
窓の外に目を向ける。
ホテルの最上階にあるこのバーからの夜景は本当に美しく、ホテルやバーの売りになっているだけの事はある。
色とりどりに光を放つ街の灯りを引き立てるかの様に、上空にぽっかりと口を開ける暗闇。
その更に上には街の灯りに負けまいと星が瞬く空が広がる。
その夜空と同じ黒髪の少し寂しげな横顔が窓の向こうに重なって、もう一度今度は深く溜め息を吐いた。
「何そんな深~い溜め息なんか吐いてんだ?」
背後からの声に、再び深く溜め息を吐く。
「何だよ?溜め息吐いてんのは俺の所為?」
クックッと笑いながら背中に寄り添ってきた男を睨み返すと、肘でその胸を押し返す。
「何勝手にカウンターの中に入って来てんだよ、リック」
「え~?だって酒を飲みたいんだもん」
「だったら椅子に座って注文しろよ」
「だって此処のオーナーに好きに飲んで良いって言われてるし~」
「そうだとしても分を弁えろ。雇われピアニストの分際で」
「え~、冷たいなぁレイは」
「で?注文は?」
「レイ」
「却下だ」
「つれないなぁ。じゃあ…コウタ」
リックの言葉に、先刻よりも強い視線で睨み返した。
「……巫山戯てんのか?」
「怒った顔も綺麗だな、レイ」
「リック!!」
思わず目の前の男の胸倉を掴む。
「大きな声を出すなよ。周りが吃驚してるぞ」
その時になってやっと、此処がバーのカウンターだったと思い出した。
突き放す様にしてリックの胸倉を放す。
笑いながらカウンターを出ると俺の直ぐ眼前の椅子に座った男は
「そんなに怖い顔して…余程大切なんだな?そのコウタって奴が」
最大限の侮蔑を込めた睨みにも臆する事無く、逆に俺を挑発する様に誘ってきた。
「なぁレイ。一度その人間を此処へ連れて来いよ。俺も会ってみたいな~、お前の大事な大事なコウタに」
「巫山戯るな。……誰がお前なんかに…」
そう、皓太をこのバーに連れて来ない最大の理由はリック、この男だ。
リックはこのバーで夜だけピアノを弾きに来るピアニストだ。
語学に堪能でそのルックスとも相まって、外国人の多いバーの客からも好評で店のオーナーは勿論この高級ホテルのスタッフからも評価が高い。
可愛いモノが大好きな……俺と同じ吸血鬼だ…
冗談じゃない!
皓太をリックなんかに会わせてなるものかっ!
絶対にリックが皓太を気に入る!
皓太に手を出すに決まっている!
リックに対する怒りを胸の内に押し込むと同時に、家を出る直前に見た寂しげな横顔が頭の中に甦って、小さく唇を噛んだ。
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