第37話

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第37話

「ちょっとあんたに関わりそうな耳寄りな情報持ってきたんだよ!あんたなら知ってるだろ?安藤って名を…」 コイツ…何者だ…このタイミングでその名を出してくるなんて…ちょっと話が出来すぎだ…薫の知り合いなのか? 「安藤?知らねぇな…」 「そうか?じゃあ矢崎薫は知ってるよな?実は安藤って奴があんたの他にその薫って女のことも標的として狙ってるって話を聞いたから…その女に伝えて欲しいんだ!」 重森の知り合いなのか…それなら自分で伝えればいいものを…何故俺に託す必要がある? 「何を?」 「安藤の件には絶対に関わるな!息を潜めてやり過ごして欲しいって…」 これは完全に重森の味方として見て間違いないだろう…重森を擁護しようとしている。 「あぁ、それは俺がアイツを止めるから心配要らない…それよりあんた誰?」 「武田…武田剛…じゃあ宜しく頼んだよ!」 その武田と名乗った男はクルッと振り返り手を上げて立ち去ってしまった。 「黒ちゃん、あいつらには先に帰るって言っといた!行こう!かおりちゃん家に…」 「小山内…武田って名乗る男が…」 その瞬間小山内は目を見開き恐れおののいた表情で 「黒ちゃん!何でその名前を!」 「いや、今…」 「やっぱりエスパーか!」 「どうだったよ…影武者の方は…」 「なかなか肝が座ってるな…あいつ…」 薫…お前が鍛え上げた黒崎…流石は只者ではないな…それだけじゃ無いんだろうが… 「しかしあの安藤も蛇のようにしつこい奴だな…お前にも絶対来るぞ!」 「今回は薫が心配なんだよ…あいつが頭に血が登って取り返しの付かないことになるのは絶対に避けたい…あいつなら刺し違えてでもってなりそうでな…」 「やってくれるかな…あの影武者…薫の暴走を上手く止められると良いんだが…」 「その前に俺たちが安藤を止められれば問題はない!」 小山内と天斗が薫の家に到着したが家の中に電気が付いてる様子はない。居ないのか? 「黒ちゃん…ちょっと行ってくるわ…」 小山内は一人アパートの階段を上がり玄関のチャイムを鳴らす。しかし何の反応も無かった。 「黒ちゃん、ダメだ…」 天斗はある場所を思い付いた。 「小山内、多分あいつはあそこに居るはずだ!」 そう言って小山内を手招きして呼ぶ。天斗は薫の心境になって考えてみた。こういう時は何の雑音もない静かな場所で一人になりたいもんだよな…二人はある場所へと向かった。 剛…やっとあんたの仇を打つ機会が訪れたよ…薫は自分の手に付いた剛の血を思い出すと震えが止まらなくなる…徐々に自分にのしかかる剛の体重…思い出せば出すほど怒りが沸き上がってくる…刺し違えても構わない…アイツを殺したい…薫は河川敷で体育座りで座り込んで顔を伏せて泣いていた。その時 「お、居た居た!重森~!」 薫は慌てて涙を拭いその場から立ち去ろうとする。 「かおりちゃん!待ってよ!」 小山内の制止に薫は背を向けたまま立ち止まった。 「かおりちゃん!話がある!」 天斗と小山内が薫の側まで近づき 「かおりちゃん…かおりちゃんの気持ちは痛いほどわかるつもりだ!でも、やっぱりかおりちゃんはこの件から引いた方が良いと思う!俺と黒ちゃんで何とかするから、かおりちゃんは大人しくしててよ!」 そんな言葉でこいつが黙っていられる気性とは到底思えないな… 「清…ありがとう…でも、これは私自身がどうしても決着つけなきゃならない問題なの…お願い…みんなを巻き込みたくない…もう誰も死なせたくない…もう…愛する人を目の前で…死なせたくないないの…」 「それでお前が死んだら小山内はどうなんだよ?今度は小山内がお前の二の舞になるのか?」 薫は言葉に詰まる。 「かおりちゃん…俺は絶対死なねぇよ…約束する!ずっと俺はかおりちゃんの側に居る!」 「そう言ってあの人は私の目の前で死んだんだよ!!!あの時…私も一緒に死ねばよかったんだ…」 「バカヤロウ~!!!」 珍しく小山内が薫に怒鳴った。薫は涙を流しながらビクッとして小山内を上目遣いに見つめる。 「かおり!俺を信じろ!俺は死んだそいつとは違う!」 「なぁ、重森…俺さっき…武田剛って名乗る男にお前を止めるように言われたんだ…」 その名前を聞いた瞬間薫が固まった…武田…剛…誰がその名を…そうか…あいつがたかとに会いに来たんだ… 「黒ちゃん…武田剛は…死んだかおりちゃんの元カレの名だ…」 「あ?じゃ、あの男はいったい…」 「とにかく放っておいて!何も知らないくせに関わらないで!」 そう言って薫は走って行ってしまう。小山内はそれを追いかける。 「小山内!今はそっとしといてやれ!」 「黒ちゃんは先に帰ってくれ!ここは俺に任せろ!」 どいつもこいつも人の話し聞かないやつばっかりだな… 「かおり!ちょっと待て!」 小山内は後ろから薫の肩を掴み止めた。 「かおり!何で一人で無茶しようとするんだよ!俺達を信じろ!仲間を信じろ!」 薫は泣きながら振り返る。 「清…私だってどうしたらいいかわからない…でも…あの時のトラウマが…剛のトラウマが…やっぱり前に進めないよ…どうしてもここで自分自身に決着つけなきゃ…清…」 薫は号泣して小山内にしがみつく。小山内は優しく薫を抱き締めて 「大丈夫、大丈夫だよ…心配要らない!ハニー…何も心配要らない…お前の仇は俺がちゃんと取ってやる!」 「清…清…」 小山内は震える薫をギュッと抱きしめ頭を撫で続けた。しばらくすると薫の震えが止まり 「わかった…清を信じる…仲間を信じる…」 「よし…じゃ…今夜は家においでよ…一人じゃ心細いでしょ?」 薫は黙って頷く。 「しかし…武田って男が幽霊になってまで黒ちゃんにかおりんのことを託すとはな…何で俺んとこに来なかったんだろう…嫉妬か?」 とりあえず重森ん家の前で帰ってくるの待つとするか…天斗は薫のアパートに向かった。薫のアパートの前に2台のバイクが並んで置いてある。 「あっ!黒崎!」 薫の部屋の前で立っていた薫の中間がこちらに気づき寄ってきた。 「よぉ!重森ならまだ帰って来ないぜ」 「どこに行ったか知ってるのか?」 「心配するな、小山内と一緒に居る」 「あぁ、あの天然バカか…」 「薫さんに急ぎ伝えなきゃならないことがあるんだ!教えてくれ!」 「安藤のことだろ?それならもうとっくに重森の耳に入ってるよ」 「そうだったのか…あの人きっと無茶しそうだから…止めないと…」 「それももうやってる!死んだ武田剛が俺んとこに来て託していったからな…」 「は?武田剛?何でそれを…」 「薫を止めてくれって来たんだよ…」 薫の仲間達二人は顔を見合わせる。 「とりあえず小山内が上手くやるとは思うが、あんたらも監視して欲しい…かなり思い詰めた感じだったから、油断すると何しでかすかわからねぇ…一応俺の番号教えとくから、何かあったらすぐに連絡欲しい」 「わかった、宜しく頼むわ。姉さんの身に何かあったら絶対許さねぇからな!」 そう言って二人はバイクで行ってしまった。 その時天斗の携帯に着信… 「あっ、黒ちゃん…とりあえずかおりちゃんのことは心配要らないから…帰ってゆっくり休んでくれ!」 「そうか…わかった、んじゃ頼むわ」 んじゃ帰るか…天斗は自分の家に戻ろうとしたとき一台のバイクが砂利の駐車場に入ってきた。バイクに乗っていた男が不審そうに俺を睨む。俺はそのままそこを立ち去った。 もしかしてあいつ…薫の彼氏か?矢崎透は仕事からの帰りだった。アパートと道路の街灯が薄暗かったのでお互いハッキリとは顔を認識出来なかった。 今のは…誰だ?まさか安藤が単独で動いてるとは思えないし… 「さぁ、入って!」 小山内は薫を家に通した。 「母ちゃん、今日かおりん泊めるわ!」 玄関から大きな声でそう言った。そしてすぐにリビングから小山内の母、吟子が出てきた。 「あら、かおりん!いらっしゃい!どうしたの?そんなに目を腫らして…まさか…清…お前がかおりん泣かしたんじゃないでしょうね?」 「違うよ…ちょっと色々揉め事があってかおりんは今センチになってんだよ…」 「あらそうだったの、家で良かったらいつでもおいで!清から聞いたけどかおりんはお兄さんと二人で暮らしてるんでしょ?淋しくなったらここで休むと良いよ」 「お母さん…ありがとうございます。私…ここの家の娘になりたい…」 「あらあら、嬉しいこと言ってくれるね…とりあえずお風呂入りなよ!すぐ沸かし直すから」 「はい…」 風呂が沸くまで小山内の部屋で待っている。 「母ちゃんかおりんのことを凄く気に入ってるぞ!父ちゃんもいつお嫁に来るんだとか言ってさ…」 「清…私…ほんとにここの娘になりたいよ…お母さんのことを全然覚えて無くて…清のお母さんが私のお母さんだったらなって…」 「かおりん…だからそんなに淋しがり屋なんだね…」 薫は母の温もりを知らない。物心付いた時には既に父と兄の三人の生活だった。理佳子の母に色々面倒を見て貰ったことはあっても、母親というものがどういう存在かいまいちピンと来ないのだ。そしてその甘え方も知らない。小山内の母を通して薫は母親像を見ていた。 「かおりーん、お風呂沸いたから入りなさーい!」 「はぁい!」 二人は階段を降りて行く。 「あの、お父さんはどうされたんですか?」 「あぁ、もう寝ちゃったよ。あの人寝るの早いから」 薫が時計を見た時には夜の10時を回っていた。 「かおりん、入っといでよ」 「うん、じゃ、お母さんお風呂使わせてもらいます。」 「うん、そんな遠慮することないから自由に使ってね」 「はぁい」 タカ…最近たかと君から連絡来ないね…なんか忙しいのかなぁ… ミャアオ… タカもそう思う? 天斗も家に帰り理佳子に薫のことを相談するため電話をかける。 理佳子の携帯に着信…たかと君って…私の心読めるのかなぁ… 「あっ、もしもし?理佳子か?」 「うん」 「あのさ、重森の事なんだけど…ちょっと今ヤバい事件に巻き込まれてて危険が迫ってんだ…それで重森の事だから無茶しかねなくてさ…」 「うん」 「あいつを…拘束する手段を考えて欲しいんだけど…」 「そっかぁ…じゃあしばらく落ち着くまで家で預かる方が無難かなぁ…」 「おっ!それはいいな!」 「お母さんに聞いてみる!後でかけ直すね」 「あぁ、わかった頼むよ」 「うん、また後で」 「おぅ」 「お母さん、気持ち良かったです。ありがとうございます」 「良かった。じゃ、清も入っちゃいな」 「うん」 「ねぇ、かおりん…家では敬語なんて他人行儀だから止めなよ。私のことを母だと思って接してくれる?」 「お母さん…」 薫は吟子の温かい言葉に思わず涙が目に溜まる。 「私…物心付いた時にはお母さんは居なかったから…お母さんってどういうものか全然わからなくて…」 「そっかぁ…かおりんも色々苦労してきてるんだね…」 二人はリビングの椅子に腰をかけてコーヒーを飲みながら話している。 「お母さんのことを、本当の母みたく思っても良いですか?」 「かおりん…私ね、凄く女の子が欲しかったの…で、清の次は絶対女の子出産しようって頑張ったんだけど、二人目流産しちゃってね…それでもう子供産めない体になっちゃったのさ…」 「そうだったんですか…」 「だから、かおりんが私のことお母さんって思ってくれるのはすっごく嬉しいよ!」 「お母さん…」 その時、吟子が立ち上がってかおりんの側で両手を拡げて 「かおり、おいで…」 そう言った。薫は吟子に抱きつき 「お母さん…」 吟子に抱きしめられた薫は声を圧し殺して泣き出した…かおりん…よっぽど淋しかったんだねぇ~…可哀想に…母親の温もりも知らずにずっと堪えて来たんだ…甘えたくても甘えるところがなく辛かっただろうねぇ…よしよし…吟子はずっと薫を抱きしめながら頭を撫で続けた。薫も母親の温もりを感じて、生まれて初めて母の愛情というものに触れた気がした。 「お母さん…お母さん…お母さん…」 薫は泣きながら吟子に甘える 「よしよし…」 吟子も薫の甘えに母性が働いて涙がこぼれ落ちる。小山内が風呂から上がったことに二人は気付かなかった。母ちゃんが…泣いてる…鬼の目にも涙か…
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