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第四話/ ラウラの結婚
アーマコット伯爵家三男アレン・スコティエと、ロットレング子爵家嫡女アリエタ(ラウラ)・ハルシュカの結婚式は、12月初旬のある晴れた日、王都大聖堂で華々しく執り行われた。
ラウラが白のドレスでデビューを飾ってから、約一年。バクリアニ王国の社交会に彗星のごとく現れた絶世の美女が、あっという間に、しかも親子ほど年上の子持ち男と結婚したことに、周囲から驚きと落胆の声が飛び交った。その王都の話題をさらった結婚式を一目見ようと、野次馬が大聖堂の周りに集まり、新郎新婦が出てくるのを待ち構えていた。
花嫁衣裳を着たラウラは、眩暈がするほど美しかった。子爵夫人はリヴォフ夫人の指導を受けながら、ラウラのために精いっぱいのトルソー(花嫁支度)を準備し、街でいちばんの化粧師が、その美貌にさらなる魔法をかけた。鏡の中の自分を見ながらラウラは、シャオ大老にこの姿を見せられないことを寂しく思った。
バクリアニ王国の結婚式では、列席者が新郎新婦に花を一輪ずつ手渡す風習がある。招待客であるセミルとグレーテからも、それぞれ花が贈られた。セミルの花は見事な薄桃色の薔薇であったが、それを選ぶ際に少しばかり婚約者と諍いを起こしてしまった。
婚礼前日、自ら花を摘もうと王都から馬を駆って領地の薔薇園へ来てみれば、お目当ての「ミス・ラウラ」が姿を消している。どうしたことかと尋ねると、誰かに切り刻まれてしまったのだという。しきりに謝る園丁に心当たりを聞くと、恐らくグレーテの使用人が行ったのではという返事だった。
「私、あの色を見るとぞっとしますの。悪趣味な色ですわ」
問いただすと、悪びれもなくグレーテはそう言った。セミルはその瞬間、頭の中で彼女への嫌悪感が芽生えるのを感じた。もともと親が決めた婚約で、義務として受けたものだが、この女と生涯を共にするのかと思うとうんざりする。セミルは感情のこもらない声で言い残すとその場を去った。
「そうかい、君とは好みが合わなくて残念だよ」
結婚式の夜は、お決まりの舞踏会である。辺境伯であるアーマコット伯爵領は王都から遠いため、ロットレング・スパで行う予定だったが、アレンが「それでは格が低い」と言いだし、王宮のボールルームを借りることになった。料理や酒も入れると、以前のハルシュカ家なら一年分の生活費である。
これに関してはスコティエ家から「我儘を言って申し訳ない」と折半の申し出があったが、どうも性格的に見栄っ張りなところがあるらしい。当然婚礼服の仕立てにもこだわり、一流店の見積書を持ってきたので、実家で誂えてもらうようにリヴォフ夫人から突き返されていた。
「貴方はまだスコティエ家の人間です。婚約者の家に支払いを無心するなど、恥知らずな行いはおやめなさい」
これが「バクリアニの鉄腕」と言われる実家の父君に、どういうわけか伝わったらしく、きついお灸をすえられたそうだが、あの矍鑠とした人物からどうしてアレンが生まれたのか。どちらにしても、怒ってくれる人がいるのは心強い。
結婚披露の舞踏会は、カドリーユから始まり、ギャロップやワルツ、次々と奏でられる音楽に乗せて皆が銘々ダンスを楽しんだ。ラウラも得意のピアノを披露し、拍手喝采を浴びてまんざらでもなかった。しかしその会場の片隅で、酒のグラスを持ったままぼんやりしている男がいた。セミル・ブライガである。
「セミル様、もう一曲踊ってくださいませ」
「さっき踊ったじゃないか」
「何曲踊ってもよろしいではありませんか。私たちは婚約者なのですから」
あんなに残酷なことをしておきながら、けろりとしてダンスをせがむグレーテに、セミルは怒りを禁じえなかった。自分の方こそ、婚約者がありながら他の女性に現を抜かす不義をしているのだが、お互い自分の落ち度は見えないものだ。セミルは仕方なくグレーテの手を取った。ここで踊らないと、後で何を言われるかわからない。
曲が陽気なポルカから、ワルツへ変わった。グレーテの腰を抱いて優雅にステップを踏みつつ、その肩ごしに見える美しい花嫁から、セミルは目が離せなかった。これまで、女性を知らないわけではない。淡い恋や遊びの駆け引きも経験済みである。しかし、ラウラのような女性はいなかった。想うだけで、胸が掻き毟られるような恋情に焼かれるのである。
セミルは心の中で涙をこぼした。今日、彼女は他の男の妻になった。貴族というものは、何とつまらないものだろう。今すぐここから、彼女をさらって誰もいない場所に逃げたい気持ちである。この想いが、尽きる日は来るのか。セミルは深くため息をついた。グレーテはそれを聞きながら、はらわたを煮えくり返らせていた。
こうしてラウラの結婚生活が始まった。16歳での結婚は、早婚が多い貴族女性の中でも特に早い方で、23歳年上というアレンとの年齢差をおもしろがって噂する者たちも少なくなかった。何しろ前妻との間にできた長男とラウラは4歳しか違わない。「娘と結婚したようだな」と、官職の同僚たちはひがみ半分にアレンを揶揄った。
そんな彼らの夫婦生活は、ラウラが冷静にふるまうことで何とか平常を保っていた。とにかく価値観が異なるのだ。
最初の食い違いは、使用人の数だった。ハルシュカ家のフラットではリーザとドロテの他に、料理人、父の従僕と通いの掃除婦を雇っており、洗濯は外の洗濯屋に出していた。それで十分だったのだが、アレンは満足しなかった。
夫婦二人の家に、リーザたちを含め総勢11人の使用人を置いた。ラウラが「多すぎるのでは」と言うと、決まってこういう言い訳をする。
「君は子爵家で育ったから知らないだろうが、辺境伯家ではこれが当たり前だ。私の付き合いのある方々が来訪されたとき、恥をかくのは君だよ」
しかしその言い訳も、さっさとリヴォフ夫人に論破されていた。
「使用人が多すぎるんじゃございません? 田舎の成金貴族と思われましてよ。うちの公爵家でも、もっと少ない人数です。質実剛健が上流貴族の心得でございましょう」
結局、その後で7人に減らしたが、主人二人の世話だけでは手が余り、用事を作って言いつけるのにラウラは苦心せねばならなかった。
ただし、心配していた夜の夫婦の行いは、案外うまくいったと安堵していた。ラウラは子ども時代に乱暴されて、強烈な破瓜の痛みを経験している。それだけに、性に対する恐怖が強かった。結婚した以上は妻の務めであると頭では理解していたが、体がどう反応するか心配でならなかった。
しかし、かつて経験した暴力的な扱いではなく、アレンは極めて紳士的にラウラの体に触れたし、マダムから聞かされた男色の話が、もしや嘘ではないかというくらい、その年齢にしては積極的にラウラを求めた。
また、生娘でないことが知られるのではと思って、マダムから誤魔化す方法も聞いてはいたが、アレンはそのあたりには無頓着であった。
四十路に近く、以前に結婚経験があるせいで、性に対して余裕があるのかもしれない。そう考えると、これくらい年上の方が自分には合っていたのではないか。それがラウラの夫婦生活の評価だった。
「私の美しい妻を見たい連中が多くてね」
アレンはそう言って、しょっちゅう仕事の仲間を家に連れてきた。女主人としては、もてなしの対応が大変ではあったが、格好だけでも愛情深い夫を演じてもらえたことが嬉しかった。
本当の家族を知らないラウラだが、こうやって月日が流れるうちに、自分も普通の家庭の一員として、幸せを享受できるのではないか。そしてそのうち本当に夫婦として、堅固な絆ができるのではないかと夢が膨らんだのだ。
そんな日々を過ごしながら、アレンとの価値観の違いに苦労する以外は、なかなか結婚生活も悪くないとラウラは思い始めていた。
そうしているうち、ラウラに懐妊の兆しが見えた。世間的には虚弱な体質という設定になっているが、実はラウラは非常に頑健である。すき間風の吹きすさぶ孤児院で、雑穀粥をすすって暮らしても、病気ひとつしなかった。
そしてその健康は母体としても優秀だったようで、結婚してから約1年後の年の暮れ、ラウラは17歳で母親になった。丸々と太った女の赤ちゃんは、父親によく似た焦げ茶色の髪で、ターニャと名付けられた。
おそらく妊娠中から我が子に会うその瞬間までが、ラウラの家庭人として最も平穏で幸せな時間ではなかっただろうか。
しかし、アレンはラウラの出産を労ったものの、無神経な発言をしてその場を凍りつかせた。
「女か、初めて外したな。俺は今まで男しか当てたことがないんだけどな。まあ、次だな」
そしてそれきり、娘には関心を持たなくなってしまった。このころからである。ラウラとアレンの間に、埋めようがないすき間が広がっていったのは。
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