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「もうすぐ我らが生存できない環境になってしまう。今のうちに脱出を」
「いえ、私は最後まであなた様のおそばに。どうか護り手として、最期まで務めをまっとうする許可をいただきたく」
「それはできない。君はまだ若い。それに身軽だ。いつでもこの領域を出ていけるはずだ。この老いぼれと共倒れになる必要もあるまい」
完全なる拒絶を受けて、私は絶望する。
私の主君は頑固だ。こうと決めれば絶対に意志を曲げないだろう。だからこそ、私は嘘をつく。最初で最後の嘘を。
「分かりました。危機が迫るまでには脱出します。ですからもう少し」
”もう少しだけ、おそばに置いてください”
祈るような気持ちで主君の様子を伺う。
主君が溜息を吐いた気配がした。
「仕方ない。認めよう。だが、必ず余裕を持って行動を始めること。いいね?」
私は了承の意を紡ぐ。これまで従順で有り続けてきたからこそ、主君は私の言葉を信じる。疑うことすらしないだろう。
主君の魅了の力に捕らえられてから ”幾星霜” ――――とうに滅びた第三世代の知的生命体が生み出した言葉だったか。
今はこの『人間』含め、有機生命体のもろもろはすべて滅び去った。次は我々、鉱物生命体の順番というわけだ。
膨張した太陽が主君、もとい『地球』様の領域にその触手を伸ばすまでに、私は地球様の重力を振り切って安全地帯まで逃げなければならない。
太陽系外にまで逃れて、今度は私自らが『惑星』へと進化を遂げる。それこそが優しい地球様の望みだろう。物理的には簡単なことだ。
なぜなら、地球様はすでに私という『衛星』を引きつけておけるほどの質量ではなくなっているからだ。
だが、それでも私は決意を持ってこの場に留まる。
重力ではない。引力でもない。ただひたすらに、主君の魅力に飲まれた私がここにいる。
”もう少し。あともう少しだけ”
私は太陽に飲まれるそのときまで、そう偽り続けるのだ。
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