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『彼女』……。やはり先程見かけた美人なのだろう。しかし、『いつも荒れる』とはどういうことだろう。あまり仲は良くないのだろうか。
「まさか……、喧嘩、ではありませんよ、ね……?」
雪月が人と争うところを想像できない。華乃子が尋ねると、雪月は少し口ごもった末、何時も話が噛み合わないんですよ、と情けなく笑った。
「大人ですから丸く収めれば良いものを、私もまだまだ未熟です」
「……先生が他人と争うところを想像できません……」
華乃子が率直な気持ちで言うと、雪月はひたと華乃子を見てこう言った。
「子供のような我儘だと言われても、貫き通したいこともありますから」
貫き通したいこと……?
疑問に思った華乃子は、しかし雪月の視線に動揺した。
真っすぐな視線は華乃子を貫き、捉えてくる。その意味が分からなくて、……そして勘違いしたくなくて、華乃子は脇に置いたままの桔梗を手に取った。
「先生、桔梗を買ってまいりました。お部屋に飾らせて頂こうと思うのですが」
「ああ、良いですね。花は心が和みます。いつも気を遣っていただいてありがとうございます、華乃子さん」
「いえ……。先生のお役に立てれば、私も嬉しいです」
結局雪月は美人のことを話さなかった。華乃子も聞く勇気はなかった。
華乃子が雪月の家を出ると、もう日は暮れていた。あれから華乃子は雪月と表紙の打ち合わせをし、夕食を拵(こしら)えて辞した。
(今日は色々と疑問が残る一日だったわ……)
寛人が、約束したとはいえ、半年も前の口約束を覚えているとは思わなかったし、雪月の家に来ていた美人の事も分からなかった。美人のことは分かっても華乃子が何か出来るわけでもないので分からなくても良いのだが、分かれば心持ち胸がざわつくのは収まったかもしれない。
(女の人のことは考えるのは止めよう……。どうせ私には関係のない話だわ……)
個人的な知人のことを仕事の関係者に話したくないという人は大勢いる。公私混同をせず、その分仕事をきっちりやればよいのだ。雪月の取った行動はまさにそれであり、華乃子が彼女についてうだうだ考えているのはまったくもっておかしいことなのだ。
(はー、気持ちを切り替えよう……。今日のお夕食は何にしようかしら……)
そう思った時、ぽんと肩を叩かれた。
「貴女、お話があるの。ちょっと良いかしら?」
そう言ったのは雪月の長屋から出てきた美人、その人だった。
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