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「…………」
何も言えなかった。
ショックだった。
頭を殴られ、裏切られた気分だとさえ思えた。
あれだけあやかしが視えてしまう華乃子を慰めてくれたのは、華乃子を一人の『人間』として認めてくれたのではなく、あやかしである雪月(じぶん)を認めて欲しかったからなのではないかとさえ思えてしまう。
それに、雪月が華乃子に抱く思いだって、幼い子供が親切にしてくれた相手に対して持つ恩義以外の何物でもない。太助や白飛がそうであるように、あやかしは恩義の礼にその相手に尽くしてくれることはあるが、彼らに『愛』という概念はない。いくら仕事の話で盛り上がったからと言って、あやかしである雪月が華乃子に寄せる感情が恋情である筈がなかったのだ。
「…………っ」
淡い期待をし過ぎた。
雪月に認められたこと。雪月にやさしくされたこと。そのことに有頂天になりすぎた。
どう考えても浮かれた心を戒められている気がする。お前は幸せになんてなれない人間なんだと、誰かが言っているようだ。
(……私は本当に、誰からも必要とされない人間なのね……)
俯いて、華乃子は思う。
でも。
(……でも、雪月先生は、新作であやかしと私がモデルのヒロインの恋物語を完成させてくださったわ……。それって、私のようなあやかしが視える……、あやかしと関わってしまったような女でも、恋を実らせることが出来るということじゃないかしら……。それに……先生が描いてきたあやかしだって、人間と同じような『愛情』でヒロインを想ってきたわ……)
人生に絶対あり得ない、なんてことはない、と雪月の新しい小説で知った。人間、努力すれば、目標とするものを掴み取ることが出来る筈なのだと……。
華乃子だって、学校生活では友人を得ることは叶わなかったが、この就職先は華乃子の努力を認めてくれた寛人が繋いでくれたものだ。家族に見放された華乃子だからこそ、自立をしたいと強く思ったし、だから働くモダンガールたちの気持ちも分かったし、婦人部時代はそれを強みにした特集を組めた。文芸部に異動になった時も嘆いたが、自分の経験故に、こうやって雪月の作品作りを手伝うことが出来ている。
華乃子は今までずっと、自分の生い立ちを憂うことばかりして来た。それだけでは自分の人生は切り拓けないだろう。でも、努力をすれば、その努力は何処かで必ず報われるものだと、雪月は作品の中で示してくれた。
(そうよ。あのヒロインだって、周りから白い目で見られていたけど、懸命に生きたからこそ、想ってくれた存在(あやかし)が居たんだわ……)
前を向かなくては。
仮にこの恋が成就するものではないとしても、努力はこの先の人生に活かされるのではないか。
雪月が示してくれたあのヒロインの未来のように、自分も幸せを掴みたい。そう思った。
「私を探して……、そしてどうされたいと思ってらしたのですか……?」
あの時の礼なら、その場でありがとうと言ってもらった。握り飯の礼なら、それで十分ではないか? それだけではすまない感情を雪月が抱いているのだとしたら、そこから華乃子の未来を導き出せないだろうか?
「ずっと……、忘れられなかったのです。弱かった私を見て慈悲をくれた彼女を……。私は必ず彼女を見つけだし、彼女の為に出来ることは何でもしようと思って生きてきました」
その言葉は、やはりあやかしらしく、恩義に報いようとする言葉に聞こえる。しかしそれに反して、雪月の力強い眼差しが華乃子を見る。
「華乃子さんをモデルに、過去の華乃子さんを幸せにすることは出来たと、貴女はおっしゃった。……次は今の華乃子さんご自身を、私が幸せにして差し上げたい、と思っています」
今度こそ、どきりと胸が弾んで高鳴った。
見つめられる眼差しに、華乃子の視線が絡む。
心臓がどきんどきん、と次第に早く拍動を打ちだした。
しかし、雪月は華乃子の胸の高鳴りに反して、こんなことを言った。
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