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帰宅すると太助と白飛が血相を変えて飛んできた。
『華乃子! どうしたんだ! ふらふらしているぞ!』
『相当具合が悪そうだぞ! 大丈夫なのか!?』
そう叫んで華乃子の周りをぐるぐる回っているが、正直相手にして居られない。
「ちょっと今、何も考えられないから、構わないで……」
そう言って自室に入ると、バタンとベッドに倒れこむ。家族の中で異質だとは思っていたけど、存在自体が異質だとは思わなかった。父が華乃子を鷹村から追い出したりせずに別宅に住まわせるだけで済ませたなんて、なんて出来た人間だろうかと思う。
(存在自体、異質、かあ……)
むしろ太助や白飛に近いのか……。あ、駄目、落ち込みそう。
華乃子はその夜、枕を被って寝た。
翌日、仕事はお休み。のろりとベッドから起き出して顔を洗うと、自分の顔が何の感情も載せないまま鏡の中から見つめてきた。
(……先生は、あの後何を言いたかったのかしら……。……勝手に私がときめいていただけで、単なる同族意識だったのかな……)
幼い頃のあの思い出の子と再会できたという喜びも、華乃子をモデルに恋物語を書いてくれた喜びも、自分が半分雪女だったという事実で全部吹っ飛んでしまっていた。
雪月に好意のようなものを抱いていた自分の気持ちも、分からなくなってしまった。
(……人間より、同族の方が気持ちが通じるから……、とか、そんなこと、あるのかしら……)
自分の中のものが、何もかもひっくり返ってしまった。それは自分の今まで生きてきた全ての時間が無くなったことと、等しかった。
(……私、これからどうやって気持ちを持って生きていけばいいんだろう……)
そんなことをつらつら考えていたら、はなゑが部屋の扉をノックした。
「お嬢さま、お客さまでございます」
「お客?」
この別邸に移り住んで以来、寛人以外の人が此処を訪れることはなかった。一体誰が、と思って応接間へ行くと、其処には沙雪が居た。
沙雪は華乃子が応接間に入ると、此方を見てやさしく微笑んだ。華乃子も何の用事だろうと訝しく思いながら会釈をする。
テーブルに着いてはなゑがお茶を出し終わると、沙雪は早速話を切り出した。
「突然お邪魔して、申し訳ありませんでした。実は、華乃子さんには雪月さまのことでどうしても知っていて頂きたいことがあって、お邪魔したのですわ」
雪月の事、とはどういうことだろう。
「お聞き及びと存じますが、雪月さまは我々と同じ雪女です。雪女は本来、女性しか生まれない。……でも、稀に男性の雪女が生まれます。あやかしは同族のあやかしとしか番わないのはご存じですか? 一族の血を絶やさない為です。そのため、雪女の男性は貴重で尊重されます。だから、雪月さまが雪女のどの娘と番おうと、一族の中で否やを唱えるものはございません。……でも、それはその娘が完全な雪女だった場合です」
沙雪は言葉を切った。……つまり……。
「……つまり、私では、役不足、ということ、でしょうか……」
雪月は華乃子のことを半分雪女と言った。半分人間の血が流れている華乃子では、純血の雪女である雪月と結ばれない。そう言いたいんだろう。
「頭の良い女性は好きですよ」
沙雪はそう、にこりと微笑んで言った。その微笑みが、……まるで、華乃子を異端として見てきた家族や級友たちのようだった。
……人間でもなく、かといって雪女でもなく……。自分はいったいどうしたら良いんだろう。
悔しくてテーブルの下で手を握る。雪月が描いてくれた、あやかしと人間の女性との恋物語は存在しない。きっとそうなのだろう。そもそも華乃子は人間ですらなかった……。
「貴女がどんなおとぎ話に心を傾けようとも、現実は受け入れません。わたくしは雪月さまの婚約者として、貴女にご進言申し上げているだけですわ。現世も幽世もそれぞれの住人が居て、それぞれに影響し合いながら暮らしていますし、今は特に、現世で神やあやかしを信じる者が少なくなってきて幽世も存在が不安定になっています。秩序を乱さず、半妖は半妖と生きてください」
きっぱりはっきりと沙雪はそう言って屋敷を出て行った。応接間に取り残されて華乃子は、俯いたまま顔を上げることが出来なかった。
出来損ない。そう言われているようだった。
望んでこの運命を授かったわけじゃないのに、その根本を誰からも否定される。こんな悲しいことって、あるだろうか。自分の未来にどんな幸せがあるのだろう。半端者の自分には、幸せなんてないのだと思えて仕方がなかった。
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