衝撃の事実

7/8
前へ
/86ページ
次へ
* 「華乃子さん、何か悩み事ですか?」 不意に雪月から声を掛けられて、華乃子ははっとした。 今日も雪月の家に、現在の原稿に使う資料と、未だ寄せられる熱烈な感想の手紙を届けに来ていた。最近雪月は年明けの出版を控えて執筆活動に大忙しで、必然的に華乃子も資料の取り寄せ、お届け、そして進捗の具合の確認などの為に雪月の許を良く訪れていた。 「……先生はお郷にお帰りにならなくても、良いんですか?」 沙雪は自分のことを婚約者だと言っていた。人間の風習に倣うのなら、年に一度くらい顔見せがあるだろう。けれど雪月は華乃子の質問に困った顔をして、万年筆を置いた。 「僕が今度、郷に帰るときは、結婚相手を決めた時、と以前言ったと思いますが……」 確かにそう聞いた。でも先日の沙雪の様子では、彼女は雪月と結婚することを諦めてないように見えた。それは華乃子への牽制だけではないだろう。 「さ……、沙雪さんは、結婚相手ではないのですか? あの……、実は以前、沙雪さんとお会いして、それで……」 不安な心のまま問う華乃子の言葉に、雪月がぴくりと反応した。 「……沙雪が、何か言ってましたか……?」 やさしい声音だが、応えることを拒ませない声音だった。華乃子も俯いて口を開く。 「先生の……、……婚約者だと、ご自分で……。……あと、あやかしは同族同士で番うものだと……」 華乃子の言葉に、雪月は、そうですか、と呟く。そのまなざしが鋭くなったことに、俯いていた華乃子は気づけなかった。 「華乃子さん。僕の勘違いだったら叩(はた)いてくださって構いません。華乃子さんが元気がなくなったのは……、沙雪と会ったことが理由ですか……?」 雪月の言葉にはっとして顔を上げる。……雪月は穏やかな微笑みを浮かべて華乃子を見つめていた。 視線が絡み合ってどきりとする。 今まで何度も期待しかけては裏切られた。それを知っていたから期待などすまいと思ってる。それなのに、普段は何処か相手の様子を窺う様子を見せる癖に、こんな時にはやはり雪月は視線をそらさない。その目から逃れようと、うろうろと視線を彷徨わせたけど、雪月が華乃子の名を呼ぶから、やっぱり雪月の顔を見なくてはならなかった。 「……先生に、御婚約者様がいらっしゃったって、……知らなかったですし……、……半端者は、誰にも受け入れてもらえないのだと知って……」 だから傷付いた、とまで言わせずに、雪月が手を伸ばして華乃子の両手を包んだ。雪女らしく、ひんやりとした、大きな手。それなのに、雪月の体温(ぬくもり)が伝わってくるようだった。 「……華乃子さん。沙雪は確かに郷が決めた婚約者です。でも僕は、子供の頃に僕に親切にしてくれたあの少女に会いたくて、現世に来たんです。……同じ出版社に居ると分かって、有頂天でした。職業婦人の未来を描こうとしていた華乃子さんの夢を邪魔してまで、傍に居て欲しかった……。もし、華乃子さんがお嫌じゃなかったら、僕の郷に来て欲しいです」 何時もは相手を気遣う視線を寄越すのに、今日の雪月はしっかりと華乃子を見据えて、熱い眼差しで華乃子のことを欲してくる。 夢だったとか、勘違いだったとか考えていた雪月の本音に、華乃子の心臓が走り出す。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

419人が本棚に入れています
本棚に追加