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 男と別れ、わたしは帰路についた。真夜中にとぼとぼと歩いた道が、電車の窓で早送りされた。  正午の電車にスーツ姿は少なく、おめかしした老婆と大学生らしき人でいっぱいだ。朝と夜は働く人間を運び、その間の時間はゆっくりと流れる時間と人々を運ぶ電車。わたしの視野がわずかばかり広ければ、昼の軽やかな時の流れを楽しめたのかもしれない。 「ゴッホさん、わたしは元の姿に戻れるのでしょうか」  ゴッホは老婆と重なり、優先席でハットの埃を払っている。 「面白い質問です。ええ、実に興味深い。あなたが想像する元の姿とはなんでしょうか」 「ふつうに触れて、知覚されるような姿です。今とはまったく反対の」 「本当に反対でしょうか」  ゴッホは銀色の手すりを鏡代わりに蝶ネクタイの位置を確認している。しかし彼の姿はどこにも映っていない。 「あなたは透明になる以前、自分から積極的に他人に触れたり、誰かから明確な知覚をされたりしましたか。いいえ、そんなことは一切なかったはずです。あなたはなにも変わっていません。小さじ一杯ほどの悦びを得ただけです」 「……わかってます。今さら後悔しても遅いって。、わたしは透明人間だったんですね」
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