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 運命がほくそ笑んだ。そうに違いない。  ふた昔前のイギリス紳士のような格好をした小男が、小さなテレビの裏からひょこっと顔を出している。高いハットの頂上はブラックボックスのような形をしていて、首元に結ばれた赤い蝶ネクタイ以外は真っ黒な出立ち。  彼は体格に似合わぬ紳士的な声でつづけた。 「突然の登場、驚いたでしょう。死のオーラを感じてやってきてしまいました。わたくし、悩める魂の救世主をしております、ゴッホと申します。以後お見知りおきを」  ゴッホはハットを外しお辞儀をした。気色悪いことに、ハットで隠れていた頭頂部は頭蓋が剥き出しで、ホワイトニングをした歯のように不気味な白さを帯びていた。 「あの……」  ゴッホは言葉が詰まったわたしを焦らさず、ただ次なる言葉を待っている。 「わたしこれから死ぬので……」 「はあ……」ゴッホは窓際に置かれた植物を弄った。買ってすぐに枯らしたものだ。 「そんなあなたにご提案があるのです。きっと興味が湧くに違いありません! なに、簡単な話です。悲しい旋律に乗せられた陰鬱極まりない感情を消してしまいましょう!」  ゴッホは一息おいて、ここ一番の大声をあげた。 「あなた、透明人間になってみませんか!」
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