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 透明人間。誰からも感知されず、しかし本人は周りを感知できる。そう、まるであのときの雨のように透明で、純粋で、束縛から解き放たれた姿だ。  もうなにも気にしなくていい。どんな行動をとっても咎められないし、だからといって世界から見放されるわけでもない。たった今からこの世界はわたしだけのものになる…… 「ゴッホさん……」唾が固形物のように喉元を通り過ぎていく感覚だ。「わたし、なにをしてもいいんですよね」 「ええ。誰にも見えませんよ」  頭の中に音楽が流れた。優雅なワルツだ。夜の街灯がシャンデリアに、通行人が仮面をつけた貴族に、わたしが映画の主人公に変わる。  わたしは踊った。もちろんダンスなんて習ったことはない。両手を開いて、つま先立ちになって閉める。快感にすがると自然にまぶたが下がり、顎を天に向けて刺した。 「ワンツーワンツー! お上手です!」  くるりと回転、仕事帰りのハゲ頭を叩き、小刻みなステップでお洒落なジムに侵入!  ここではクラブミュージックに合わせてマダムたちが自転車を漕いでいる。体が無意識に縦のりになっていった。ぶるぶる震えるマダムの腹に横蹴りを喰らわすと、第六感が作用したのかマダムは顔を歪めた。 「ナイスキック! こんな運動では一生彼女は痩せませんよ!」 「まるで豚ね! いいものばかり食いやがって! 会費をわたしの残業代に回せ!」  ジムもといクラブから脱出して、わたしは再び優雅な動きに任せた。足先から指の先まで、体の曲線を夜の闇にかいくぐらせる。反らした人差し指をおじさんの目に透かせれば、彼は目をこすって首を振った。  次はあの女子高生だ。わたしだってあの年齢の頃は輝いていたし、なにも怖くなかった。——誰かも知らぬ少女に嫉妬、情けないけれど仕方ない。この世界はわたしのものなのだから! 「お姉さん、なにしてんの。もしかしてそれってダンス……」
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