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 わたしは走った。自分の息が耳元で鳴っているようだ。紅潮する顔とだらしなく開けられた目と口。しかし誰もわたしのほうを見ない。  おかしい。矛盾している。どうして…… 「ちょっと待ってください! いきなり走ってどうしたんですか!」  ゴッホは両手でハットを抑え、必死にわたしの後ろを走っている。コメディ映画に登場するおちゃらけた小人よろしく滑稽だ。 「なんであの子はわたしが見えたんですか!」 「なんでって、彼女も透明人間なのですよ! 透明人間どうしはふつうに知覚できます! 当たり前じゃないですか!」  立ち止まり、息が整うまで少し待った。ゴッホはわたしから数歩開けて、服の乱れを整えている。「わたしだけじゃないんですか……」 「えっと……」ゴッホはビー玉のような黒目をぎょろりと上へ向けた。「なにがですかね」 「だから、透明人間はわたしだけじゃないんですかって聞いてるんですよ!」  少し低い笑い声のあと、ゴッホは咳払いをして、「ああ、失礼。あなたは今までふつうの人間として暮らしていましたね。だからご存じないのでしょうが、透明人間はたくさんいます。それはもう、そこらじゅうに」
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