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 これほどよく眠れたのは乳幼児以来かもしれない。わたしは眠る直前に気がついた。もう冬だというのにまったく寒くないのだ。おそらく透明人間にとって気温は関係ない。だから、わたしは働いていたオフィスが入っているビルの屋上で一夜を過ごした。 「おはようございます、トーコさん。まさかここを寝床に選ぶとは、やはりあなたは面白いお方だ。これならきっと務まります」 「なにがですか」 「なあに、気にしちゃいけません。それで、今日はどんな一日を過ごすのでしょう」  わたしはにかっと笑い——そんな笑顔をしたのは初めてだった——、オフィスへと向かった。 「今日も梅井は来ないのか。あいつ、使えないくせに無断欠勤かよ! おい佐藤! あいつの分まで終わらせるんだぞ!」  上司の大田が汚い声を張りあげている。同期の佐藤はというと、デフォルトの笑顔で首の後ろに手を当て、へこへことうなずくだけだ。 「ほう、あの方がトーコさんの……」ゴッホは佐藤の肩を揉みながら、「あの上司のお方、肝臓が悪そうです」 「よくわかりましたね。あの人は酒ばかり飲んでいるんです。二日酔いの日は特に理不尽ですよ。全員に死ねばいいのにって思われてます」  ゴッホは苦笑いで、「それはあなたが——」 「わかってます。わたしがこうして休んでいるからあいつが不機嫌になっているんです。ただ、どうしても許せないんです。今日は鬱憤を晴らす日としましょう!」  わたしは大田のデスクに飛び乗った。ゴッホがなにかいいたげな顔をしても、気にしない。  わたしは透明人間なのだから。 「それはあなたが思われていたことですよ……」
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