不快な依頼人

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 俺、川崎圭司は六十五歳。同窓会の案内状を受け取ったのは、現役をリタイアした直後。ややこしい退職事務のあれこれも一段落し、俺は、暇(というより、暇な自分)を持て余し気味だったかもしれない。『家の大掃除をしたいから、留守にしてもらえると助かる』と妻に言われて、俺はその大同窓会に出席することになったんだ。俺は、妻に『大掃除をするなら、男手があった方がいいだろう』と言ったんだが、『台所の油汚れのしぶとさに、お父さんが太刀打ちできるとは思えない』という妙な理由で、妻は俺の協力申し出を断った。クリーニングに出したまま十年間着ていなかったスーツを箪笥の奥から取り出して、『このまま着ても大丈夫かしら』と楽しそうに心配して――妻は、俺の同窓会出席に俺より乗り気だった。  妻は同窓会の帰りに必ず買ってくるようにと言って、東京駅構内にあるカタカナを二十も並べた名前の店だけで売っているという、カタカナを三十も並べた名前の洋菓子セット名をメモした紙を、俺に手渡してきた。最初は、妻は俺の気晴らしのために同窓会への出席を勧めてくれてるんだろうと思っていたんだが、事実はどうなのか、俺はだんだんわからなくなってきた。  だが、妻にそのメモの紙片を渡されたから、自分は大同窓会に出席するために東京に行かなきゃならないんだと、俺は腹をくくることができたんだ。  俺は、高校を卒業後、警察官採用試験を受けて地方警察職員――要するに地方公務員になった。ずっと交番勤務で、独身時代は県内の辺境を転々とし、『駐在さん』と呼ばれていた時期もある。  故郷の町で六十の定年を迎えたが、その後も交番相談員として引き続き同じ交番に常駐。それを五年間続け、ついに現役を引退。今は、妻と二人暮らしをしている。  息子と娘は結婚して独立。『公務員にはなりたいが、警察官は大変だからご免被る』と言っていた子供たちは揃って中学校の教師になった。――のはよかったが、今になって『警察官の方が楽だったかもしれない』と愚痴を言っている。大変じゃない仕事なんてどこにもないということで、話はついているがな。  ともかく俺は、他の同年輩の奴等はどういうリタイア生活を送っているのか、それを探ってみるのも一興という考えもあって、大同窓会に出席することにしたんだ。東京で催される同窓会出席のプラオリティナンバーワンの理由はもちろん、妻のお使いだったが。
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