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「十代で田舎から出てきて、ずっと一人暮らしをしていました。実家に頼ることはできず、仕事はやめられない。波田課長の下についてからは、仕事もとてもつらくて……。ですが、動きが遅くて要領が悪い上、他の社員さんのように優秀なわけでもないという引け目もあって、波田課長の無理難題にも、必死に耐えました。障害者枠とはいえ、正社員でしたから、簡単には辞めさせられないという事情もあったんでしょうけれど、何とか三十数年勤め続けることができたんです。若い派遣さんたちは、本当にお気の毒でした。結局、私も定年まで我慢できなくて、二〇二〇年の年末、定年まであと一年というところで退職しました。あのまま波田課長の下で虫けら同然の扱いを受けていたら、心も体も壊れてしまうと思ったんです……」
申し訳ない。心の中で、俺は波田の代わりに謝った。自然に頭も下がって――なんで俺が、波田なんかのためにこんな気持ちにならなければならないんだ。俺は、望んで波田の同窓生になったわけじゃないのに。俺は、頭の中で、波田の横っ面を二、三発殴ってやった。
「波田課長の娘さんの件は、私はよく知らないんです。『怪我か病気で試験を受けられなかったらしい』という話は、派遣さんたちからメールで教えてもらいましたけど、私はその時にはもう会社を辞めていたので……。波田課長は、娘さんの受験の失敗を、成績不良のせいじゃなく、起こりもしなかったトラブルのせいにして、体裁を保とうとしているんじゃないかと、最初のうちは疑っていました。波田課長は、妙なところで見栄を張る人でしたから」
澤山さんが波田の下で働いていたのは、退職前の五、六年間ということだった。それだけ同じ課で一緒に働いていれば、波田の性格もそれなりに把握できるというわけだ。
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