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気が合わないから、気にしない。忘れる。波田は印象の薄い子供だったと思う。嫌いな奴をいつまでも憶えてるほど、俺(たち)は捻くれた子供じゃなかった。そんな思い出しかない級友だったから、半世紀後の同窓会会場で、
「川崎くん。君、警察官になったんだって」
と波田に話しかけられた時、俺が思ったのは、『同窓会ってのは、こんな奴とも旧交を温めなきゃならないんだろうか』ってこと。
オープニングセレモニーを終えた司会者は、『では、皆さん、楽しいご歓談を』と言っていたが、波田と楽しいご歓談ができる自信が、俺には毫もなかった。
波田は、なんで小学校の同窓会になんか来る気になったんだろう。勉強はできたから、悪ガキだった俺たちよりは出世したのかもしれないが、いい会社でどれだけ出世したって、そんなのは六十五を過ぎたら、ほぼ過去の栄光だ。自慢しても何にもならない。波田はクラスのみんなに疎んじられていた。仲のいい友だちもいなかったのに。――と考えてから、ふと、こいつ自分が嫌われ者だったことに気付いていなかったのかもしれないと、俺は思ったんだ。こいつなら、そんなこともあるかもしれない――と。
「四十七年間、交番勤務だったよ」
俺の答えを聞いた波田の口許に侮蔑の笑みが刻まれたのを、俺は見逃さなかった。伊達に四十七年間、市井の人間を見続けてきたわけじゃない。
腹の中でげんなりしている俺の気も知らず(俺は露骨に不機嫌を顔に出していたつもりなんだが)、波田は現役時代の自慢話を始めてくれた。波田らしく、それは実にせこく中途半端な自慢話だったが。
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