<29・感謝>

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 先生は、ありがとう、と自分に言った。無惨な最期だったとしても、先生は先生なりに納得して、救われたのではないか。  仮にそうではなかったとしても。救われた、と生きている自分たちが信じて前に進むことはできるのではないか。  だから、過去の恨み言で足を踏み外すより、考えるべきことがきっとある。そう。 「俺も、妹も、頑丈で健康なのが取り柄みたいなもんなんで。……絶対絶対、不幸になったりしませんから。それだけは、約束しますから」  絶対なんか、本当はなくても。  絶対そうするのだと、誰かに誓うことで確率を上げることはできる。  未来をきっと、確かなものに変えられる。 「……そうか」  ぱたん、と。焔が膝の上で、本を閉じた。 「その言葉、嘘はないな?」 「勿論です!」 「今の言葉だけじゃない」  そこでようやく、彼がこちらを見る。そして、鉄面皮だとばかり思っていた顔に、にやり、と笑みを浮かべた。ただしそれは美貌に似つかわしい、王子様のような微笑などではなく。どちらかというと、悪の魔王が浮かべるような、邪悪な類のもので。 「お金はバイトして返す、何でもする。そう言ったな、貴様?」 「へ?」  あれ、ひょっとして、今失言したか自分。そう思った直後。 「お前は異界のものを引き寄せる性質があるようだからな、客寄せパンダとして良さそうだ。うちでバイトしろ、明日から」 「は!?」 「部活後の夜と日曜だけでもいいぞ、今は。とりあえず、大量に溜まっている書類を堂島と一緒に整理しろ。それと、事務所の掃除をやってくれる人間が欲しかったところでな」 「はい!?」 「勿論、状況次第では仕事も手伝ってもらうからそのつもりで。お前は運動神経も良さそうだし、“鬼退治”の桃太郎にはぴったりじゃないか」  確かにバイトで返すつもりではいた。でも、それはあくまでコンビニとか、ファミレスとか、工場とかの一般的な仕事で依頼料を払いますというつもりだったのに。  というか。もしやこの人は。 ――最初っからそのつもりで……俺に馬鹿高い依頼料ふっかけてきたんじゃないだろうな!?  いや、まさか、そんな。  冷や汗だらだらの閃をよそに、焔はどこか楽しそうに告げたのだった。 「どんな状況でも、何がなんでも元気に生き残れよ?きちんと約束してくれたものな?」 「あああああ!」  病院ゆえ、やや控えめな閃の悲鳴は。どこまでも細く、尾を引いて響き渡ったのだった。
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