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「母さん」と言われた花江は戸惑った表情をして、目の前にいる男性二人をじろじろと見つめた。
「母さん、桜の季節になるといつもこの場所にいるから安心っちゃ安心だけどさ。でも心配するよ……勝手にどこかへ行っちゃうし、俺たちの事だってどんどん忘れて――」
「柊嗣。母さんだって忘れたくて忘れているわけじゃないんだからそのくらいにして、ほら。アレを渡してあげなさい」
「あぁ、わかったよ」
男性二人が何を話しているのかよくわからないまま取り敢えず聞いていた花江は、目の前に「花江の記憶」と書かれたアルバムを差し出されて目をパチパチと瞬きさせた。
「母さん、誕生日おめでとう。このアルバムは俺と父さん、美咲や子供たちみんなで作った誕生日プレゼントなんだ。さっそく見てみてよ」
言われるがままアルバムの表紙をそっと開いた花江の目に飛び込んできたものは、十八歳の時に隣家の爽司といつものあの場所で身内だけのささやかな結婚式を挙げた時に撮った写真だった。その写真を見た瞬間――花江は頭の中でパチッと最も大切な記憶のピースが隙間無くはめ込まれた感覚を覚えた。
「爽……ちゃん……」
自分の家族と爽司の家族でたくさんのお弁当を並べて花見をしている写真。爽司と結婚してから初めて温泉旅行へ行った時の写真。子供が産まれて家族が三人になった時の写真。「柊嗣」と書かれた命名書を持ち誇らしげな表情をしている写真。
「爽ちゃん……柊嗣……」
一枚一枚写真を見る度に、記憶のピース一枚一枚が空白を埋めていく。涙で滲んでいる花江の視界には、はっきりと目の前で穏やかな笑みを浮かべている爽司と照れ笑いを浮かべる柊嗣の姿が映っていた。
「母さん、やっと俺たちを思い出してくれたか?この時とか覚えているか?俺、結構大変だったんだぞ」
柊嗣が指差した先には、闘病を始める病室内で家族三人手を取り合っている写真があった。またその隣には柊嗣の妻となった美咲が見舞いに来ている写真や、長い闘病の末に柊嗣の病が完治し皆でお祝いしている写真があった。
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