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まるで心の中を映しているような曇天の中、慣れない背広に締め付けられながら家路を辿る。見合いの後両親とは別れ、一人きりで帰りながら爽司は隣家に住む幼馴染の花江を想っていた。
もし結婚したらお気に入りのレコードがある喫茶店へ二人きりで出かけたり、桜の季節に花江の誕生日を家族絡みで祝うこともなくなるんだろうな。
そんな他愛もない事を考えながら家の前で呆けていると、隣家の娘であるはずの花江が玄関扉から出てきた。いつものおさげ髪を揺らしながら、竹ひごで作られた籠を持っている。きっと蜜柑か何かを分けに来てくれたのだろう。
「あ……爽ちゃん、おかえりなさい。大層な格好しちゃって誰かと思っちゃった。今おばさんから聞いたんだけど、今日お見合いだったんだってね」
『お見合い』という言葉を花江は冷静に言い放ったが、表情を曇らせた瞬間を爽司は見逃さなかった。
「なぁ、いつもの場所で少し話さないか」
花江の手を取り、爽司はいつもの場所へ足先を向けた。いつもの場所とは二人の家に挟まれた芝の生えている小さな中庭で、幼い頃から二人にとっての遊び場だ。ブロック塀と低木に囲われているため親の目を遮られる場所でもあり、幼い頃は二人でよく悪戯を考えたものだ。
「爽ちゃん。そんなに手引っ張ったら千切れちゃいそう」
「あ、すまん」
指の力を緩めた爽司はいつもと少し違う二人の空気感に戸惑いつつ、普段と変わりない場所にある木製の古いベンチに腰を下ろした。竹籠を芝生に置いてベンチに座った花江は、覗き込むように爽司の顔を見て呟いた。
「お見合い相手の方は優しくて綺麗な方だったの?おじさんの紹介なんだってね」
「あぁ、親父の知り合いの娘さんらしい。別に普通だったよ」と答えながら、本当は顔立ちの整った綺麗な女性だったことを爽司は思い返していた。
「あら、何事も普通が一番幸せで最高なのよ。良かったじゃない」
前向きな言葉とは裏腹に、地を見ている花江は浮かない表情をしているように爽司の目には映った。
「良かった、か。花江は本当に心からそう思っているのかい?」
「だって親が決めた人と一緒になるんでしょ。きっとそれが一番良い選択だと思うから良かったと言ってるのよ。幸せになってね、爽ちゃん」
散りゆくような声を吐いた花江は勢いよく立ち、竹籠を置いたままこの場を離れようとした。
「花江、待ってくれ!まだ話が――」
慌てて細い腕を力強く掴むと、その反動で花江の身体が後方へ反った。仰向けのまま芝生に倒れ込もうとしている花江を守ろうと、爽司は抱きかかえるように瞬時に身を乗り出した。
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