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「いてて…」
馬乗りに近い体勢で、爽司は花江の頭部が芝に付かないように支えた。少し頭を下げれば肌が触れ合う距離にある花江の顔に目をやると、大粒の涙がいくつも頬を伝っていた。
「すまん、急に引っ張ったりして……痛かったよな。膝や手首は大丈夫か?本当にすまなかった」
よしよしと子供を慰めるように頭を撫でると、花江は頬を紅潮させながら震えるような声を発した。
「違うの……身体が痛いから涙が溢れてくるわけではないの」
涙を溜めた大きな瞳で真っ直ぐ見つめられた爽司は、身体のあちこちで心臓の音が鳴り響いている感覚に包まれた。
「爽ちゃんが離れていってしまう、爽ちゃんが遠くへ行ってしまう…そう思うと、胸がキュッと締め付けられるように痛むの」
あれほど強がって見せていた花江の本音を聞いて、心の中で渦巻いていた想いが血に混ざり身体中を一気に駆け巡っていく。幼い頃からずっと一緒にいるのが当たり前のような関係で、十三になった頃花江を異性として意識し始めた。そして十八になった今、はじめて「当たり前」という壁にヒビが入り二人の距離感が変化しようとしている。
その距離が遠くなるかもしれないという恐怖を感じた時、爽司は芝と背の間に手を回して花江をきつく抱き締めていた。
「そ……爽ちゃん?」
「花江。もし俺が……一生側にいてほしい人は花江なんだと言ったら、君はついて来てくれるかい?」
「だ、だってお父さんの決めた方が――」と花江が口籠もりながら言うと、「親父の事なんか関係ない」と爽司は瞬時に言い放った。
再び涙を滲ませている花江の瞳を見つめた爽司は、先とは異なる温かみのある色の涙だと感じた。その頬を伝う涙と交わるように、天から雨粒が一滴落ちて来て花江の赤く染まった頬を弾いた。
「きゃっ、爽ちゃん。雨よ、雨。お家に帰りましょ」
「逃げるな。花江の気持ちを聞いていない」
「もう……私の気持ち、伝わっているでしょ?言葉にするのが恥ずかしいから手紙を書くわ。ほら、雨が強くなる前に帰りましょ」
「わかった。言葉にするのが恥ずかしいなら……もし俺のことを好いてくれているなら抱き締めてくれないか」
ドクンドクンという花江の心臓の音が強く早くなってきた事を身体で感じた。次の瞬間首元に回された花江の腕の温もりがじんわりと伝わってきた爽司は、背中に降り注ぐ雨粒も暖かく感じるほどの幸福感を得た。
「……爽ちゃん、風邪ひいちゃうよ」
「良いんだ。あと少しだけ……このままでいさせてくれ」
これまでの距離と壁を壊すように花江を強く抱き締めた爽司は、これからどんな事があっても生涯花江を愛し守っていくことを天に誓った。
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