【1972】 柊嗣

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「小日向……死ぬって言葉を簡単に使うな。お前が死にたいと言った今この時間も、誰かにとっては生きたいと願っている時間なんだ」  いつもなら笑って流すような事なのに小日向につい突っかかってしまったのは、いっその事死んでしまいたいと何度も思ってしまった自分の考えを改めたかったからでもあった。 「……は?柊嗣、どーした?シラけるんですけど。説教垂れるくらいなら死んでくれや」  カッときた柊嗣は次の瞬間、力を込めていた拳を斜め前で挑発的な表情をしている小日向の前に突き出していた。しかし、喧嘩慣れしている小日向は咄嗟に拳を避け、強烈な打撃を受けたのは柊嗣の方だった。 「トージ先輩!大丈夫ですか⁈鼻血……鼻血が出てます!」  ジワりと熱くなった鼻に手を当てると、これまでにない勢いで血が流れている事に恐怖を抱いた。美咲が差し出してきたハンカチを鼻に当てながら急いで店を出た柊嗣は、友人を殴ろうとしてしまった事よりも病気の事がバレないだろうかと心配していた。  どんどん真っ赤に染まっていくハンカチを見る度、焦りと不安も益々募っていく。幸い外は暗くひと気の少ない路地にいるため人目は気にならなかったが、怒りや哀しみなど様々な感情が渦巻いている柊嗣の心は今にも崩れ落ちてしまいそうだった。 「くそっ……くそっ……!!」  こんな時、何故か無性に父と母の顔が浮かんでくる。実家に帰ってもう何もかも全て話してしまいたいと思い立った柊嗣は、帰路を辿っていた足先を突然違う向きへ変えた。実家は電車で三十分ほどの距離にあるが、この姿のまま電車に乗るわけにもいかない。 「くそっ、いつまで血が流れ続けるんだよ!いい加減にしてくれよ!」  柊嗣は只々血に塗れたハンカチを鼻に当てながら、暗く細いひと気のない道を歩き続けた。こんな姿の息子を見たら、二人はどんな顔をするだろうか。死ぬかもしれない病にかかってると知ったら、二人はどんな顔をするだろうか――。  産まれてから二十年間、これほどまでに強く生と死を意識した事はなかった。同時に、これほどまでに強く「生きたい」と願う事もなかった。 「父さん……母さん……」  柊嗣の視界にようやく実家の門扉が映った時、既に歩き始めて一時間以上が経過していてジャケットやシャツにも血が零れ落ちていた。歩きながら嫌というほど何度も覚悟を決めた柊嗣は、赤く染まった手で門扉を開けて温かい灯りが溢れている玄関扉を勢い良くガラリと開けた。
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