【1972】 柊嗣

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 扉を開けた先には、丁度洗濯物を抱えた母の姿があった。鼻から下が血に塗れた姿を見るや否や、母は顔面を蒼白にして手に抱えていた洗濯物を全て床に落とし、パタパタと早足でこちらへ向かってきた。 「と、柊嗣……怪我でもしたのかい?どこが痛むの?どうしたのさぁ……ケンカでもしたのかい?」  涙を滲ませながら只々心配してくれる母の温かい声を久しぶりに聞いた柊嗣は、胸に抱えていたもの全てがぶわっと溢れ出てくる感覚を覚えた。 「母さん……俺、白血病なんだってさ。俺、一回殴られただけで血がこんなにも止まらないし、毎日ダルくてたまに吐き気もするしもうダメかもしれない。もう俺、死んじゃうかもしれないんだ」  柊嗣の言葉を聞いた母は口元に手を当て、身体の力が全て抜けたように膝から崩れ落ちた。 「そんな、柊嗣が白血病だなんて……柊嗣が、そんな……」  冷え切った母の弱々しい腕に包まれながら、柊嗣は自分の頬に涙が伝っていることに気付いた。 「俺、あと少しでいいから、まだ生きていたいよ……まだ死にたくないよ……」  涙でぼやけている視界の隅で、一歩ずつ近付いてくる足元が映った。母の肩越しに顔を上げると、力強い目つきをした父が一文字に結んだ口を震わせていた。 「柊嗣、あと少しだなんて言わないでくれよ。あと少しだなんて言わずに、これからもずっと生きてくれよ」  母と二人で重なって全てを包み込むように、涙を見せたことのない父が肩を震わせながら抱き締めてきた。 「父さんも母さんも柊嗣の未来を絶対諦めないから、柊嗣自身も絶対に諦めないでくれ。絶対に一人で抱え込まずに、家族を頼って絶対に生きてくれ」 「お父さんのいう通りよ、柊嗣。これから大変な事も辛い事もあるけれど、お願いだから生きたいという気持ちを忘れないで……父さんも母さんもあなたを全力で支えるから」  父と母の言葉を聞いた柊嗣は、これまで病気のことを隠してきた自分を恥じながら「……俺、父さんと母さんの息子で本当に良かったよ」と言い、そっと二人の背中に手を回した。  年甲斐もなく声を上げて泣きながら、黒雲で覆われた心に一筋の光が差し込んだ気がした。 「俺、絶対に生きるよ。でもあと少しだけ……今日だけはこのまま泣かせてくれ」と心の中で呟いた柊嗣は、温もり溢れる両親の腕に包まれながら「生きる」という希望の炎を心に灯した。
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