【2021】 花江

2/4
前へ
/11ページ
次へ
枝垂れ桜が連なる桜並木をゆっくりと歩きながら、花江は桃色に染まった瞳を輝かせていた。花見を楽しんでいる賑やかな声や、初々しく手を繋ぎ会話を楽しんでいる男女の声に交ざりながら、花江は芝生の上に置かれたベンチに腰を下ろし口を開いた。 「わぁ……見事な桜並木だわぁ」  何故ここに来たのか、どの様にここまで来たのかあまり覚えていない。足が勝手にこちらへ向いていて、しばらく無心のまま歩き続けたら綺麗な景色が視界に広がり、そのまま桜の世界へ引き込まれているかのようにこの場に辿り着いた。 「でも何故でしょうか……何だか懐かしい感じがするわ」  まるでパズルのピースが所々足りていないような感覚を頭の中で抱いた花江は、風に舞う桜の情景を楽しみつつ何処かにピースの欠片が落ちてないか過去の記憶を辿った。 「この桜並木を見ていると、何度もよく見に来ていたような……何だかそんな気分になるわね。そういえば、家族でよくお花見をしていたわ……そうよ、そう。春になったら母さんと一緒にお弁当を作って、崩れないように慎重に風呂敷に包んで」  懐かしい情景を思い出した花江はフフッと小さく笑い、大きな桜の木の下で並んで座り弁当を広げながら笑っている家族を眺めた。 「そうそう……あんな風にたっくさんお弁当箱を並べてね。父さん母さんと私と弟の家族四人……いや、変ね。お弁当はもっとたくさん作っていたはずなのに、他にも誰か一緒にいたのかしら」  一つ思い出したと思えば、また一つ新たな疑問が浮かび上がる。数ヵ所しか欠けていないと思っていたピースが、本当は何十ヵ所、何百ヵ所あるように思えてならなかった。 「そういえば……いつだったかしら。父さんに無理やり縁談を勧められて、泣きながら桜並木を眺めた記憶もあるわね。あの時誰かが迎えに来てくれた気が……いやねぇ、誰だったかしら。あと少しだけ、大切な何かを思い出せれば全て繋がる気がするのに……」  花江は桜が映り込んでいる大きな瞳をゆっくりと閉じて、一番大切な記憶の欠片を思い出そうと神経を集中させた。 「お願い……あと少しだけでいいから、大切な記憶を思い出させてちょうだい」  ギュッと願いを込めて瞑った目を開けても特に何も変わった事は起こらず、視線の先には切なさももどかしさも忘れさせてくれるほど美しい桜景色が広がっていた。何故か涙が滲んでくる瞳をふと右側にやると、中年の男性と高齢の男性が二人で花江を見ていた。それに気付いた花江は急いで涙を拭い、わざと作ったような笑顔をしながら二人に話しかけた。 「あらやだ……あまりにも桜が綺麗で涙が。こんにちは、今日はいいお天気ですね」  笑顔とは真逆の表情をしている中年の男性は、花江の両肩に手を置き震えた声を出した。 「母さん……そんな他人行儀な事を言わないでくれよ。俺だよ、柊嗣だよ」
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加