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辛苦の末に勝ち取った白星が、張り詰めていた糸を一気に緩ませる。
不安に襲われているであろう子どもたちを、
炎天と野薔薇は一刻も早く慰めてあげたかった。
五兵衛と千代へ戻った二人は、八兵衛と市とをそれぞれしっかり抱き締める。
「ごめんね、寂しい思いをさせて……」
抱擁の中で彼らは、意外に少しも泣いていなかった。
「ううん。それよりね、かっこいい人たちが戦ってたんだよ!」
「しゅしゅしゅーって!」
幼気な笑顔は何よりも親の顔を綻ばせる。
自分が子を守るべき人間であると強く自覚させるものでもあった。
一連の危機はひとえに”忍者”という身が招いたものであるかもしれない。
けれど、五兵衛にとっても、千代にとっても、
愛する家族を守り通せたことはとても誇らしかった。
子どもたちはとっくに騒ぎを忘れ、屋内で大はしゃぎしている。
茣蓙に座り二人きりになったところで、五兵衛が口火を切った。
「千代、あのさ……」
彼は戦闘における不甲斐なさを謝りたかった。
忍者であることも改めて明かすつもりだった。
「いいの」
横顔を見せたまま人差し指を唇の前に置く千代。奥ゆかしげに首も横に振る。
「言っちゃいけないことでしょ?
それに、私たち前は敵同士だったのかもしれないけど……」
向き直った彼女は、五兵衛の頬に温かな手の平を当てた。
「今はもう大切な家族の一人で、唯一の夫だから。私にもあなたを守らせて」
五兵衛は自然と唇を噛み締め、肩を震わせる。
妻の手をゆっくり下ろすと、両手でさらに上から優しく包み込んだ。
できることなら痛々しい切り傷もそっと癒せたらいいのに、
といった切なる願いが節々から滲み出ていた。
ぎこちない夫の振る舞いに、千代は図らずも紅潮してしまう。
俯き加減で見つめ合って束の間、額を密着させて互いの存在を愛おしむのだった。
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