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 菓子折りの封を解いたであろう八兵衛の第一声が奇妙に響く。 「何これ?」 「珍しい茶菓子だって聞い……」 答える途中で、着物に付着した土埃を払う五兵衛の手が止まった。 いつしか不穏な白煙が、居間はおろか土間の手前まで立ち込めていた。 「大丈夫か!」 腰を屈めた子どもたちが苦しそうに咳き込みながら出てきた。 「とりあえず皆、外へ!」 一家の大黒柱としての意識が五兵衛にそう叫ばせる。 丁度そのとき、玄関の小窓から、敷地にそびえる一本松が視界に入った。 頂上に止まっている怪しげな影を認めると同時に、 ただならぬ殺気を知覚した彼は、新たな指示を迅速に下す。 「こっちじゃない! 勝手口から出るんだ!」 咄嗟の判断に従った結果、全員ともが裏側へ難を逃れられた。 されど、変事を知らない新鮮な空気がもたらす安心感は、 瞬く間に消失してしまうのだった。 「一体どうしてこんなことに……?」 混乱を強張る表情で露わにした千代。 彼女は夫を頼りに振り返ったものの、虚ろな瞳には誰も映らなかった。 「あなた! どこにいるの?」 悲痛な呼び声がこだまする。反応はない。 すると、一本松の根元で突如、爆発が起こった。 これには頂上の影も体勢を崩し、宙返りで飛び降りる。 村全体に轟く地響きの中央では男が一人、余裕の風格で腕組みしていた。 口元を覆い隠す濃紺布が烈風に舞い踊る。 「甲賀十傑 炎天(えんてん)参上」 ”甲賀十傑”と称される10人は、数多くの忍者が鎬を削る甲賀忍群の中でも、 ずば抜けて優れた忍術の持ち主であると言い伝えられている。 彼の眼光は極めて鋭く、持てる力の全てを尽くして 八兵衛と市、そして千代を庇おうとする心意気を明白に帯びていた。
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