1/1
前へ
/14ページ
次へ

 辛苦の末に勝ち取った白星が、張り詰めていた糸を一気に緩ませる。 不安に襲われているであろう子どもたちを、 炎天と野薔薇は一刻も早く慰めてあげたかった。 五兵衛と千代へ戻った二人は、八兵衛と市とをそれぞれしっかり抱き締める。 「ごめんね、寂しい思いをさせて……」 抱擁の中で彼らは、意外に少しも泣いていなかった。 「ううん。それよりね、かっこいい人たちが戦ってたんだよ!」 「しゅしゅしゅーって!」 幼気(いたいけ)な笑顔は何よりも親の顔を綻ばせる。 自分が子を守るべき人間であると強く自覚させるものでもあった。 一連の危機はひとえに”忍者”という身が招いたものであるかもしれない。 けれど、五兵衛にとっても、千代にとっても、 愛する家族を守り通せたことはとても誇らしかった。  子どもたちはとっくに騒ぎを忘れ、屋内で大はしゃぎしている。 茣蓙(ござ)に座り二人きりになったところで、五兵衛が口火を切った。 「千代、あのさ……」 彼は戦闘における不甲斐なさを謝りたかった。 忍者であることも改めて明かすつもりだった。 「いいの」 横顔を見せたまま人差し指を唇の前に置く千代。奥ゆかしげに首も横に振る。 「言っちゃいけないことでしょ?  それに、私たち前は敵同士だったのかもしれないけど……」 向き直った彼女は、五兵衛の頬に温かな手の平を当てた。 「今はもう大切な家族の一人で、唯一の夫だから。私にもあなたを守らせて」 五兵衛は自然と唇を噛み締め、肩を震わせる。 妻の手をゆっくり下ろすと、両手でさらに上から優しく包み込んだ。 できることなら痛々しい切り傷もそっと癒せたらいいのに、 といった切なる願いが節々から滲み出ていた。 ぎこちない夫の振る舞いに、千代は図らずも紅潮してしまう。 俯き加減で見つめ合って束の間、額を密着させて互いの存在を愛おしむのだった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

84人が本棚に入れています
本棚に追加