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仙桜寺は糸の茂みを掻い潜るうちに、首回りに異様な熱を覚える。
次いで、肩、腹、脛と五月雨式に焼かれている感覚に陥った。
「何が起こっている?」
状況把握が一歩遅かった。
ようやく真相にありついたとき、既に彼は全身を炎に包まれていたのだから。
「忍法 棘屋敷の変」
無数の蔦が侵入者を捕縛し、窮屈な内方に荒々しく閉じ込める。
必死になって藻掻こうとも、一度締まった襖は二度と開かない。
外は炎天下。血気盛んな太陽が日光を注ぎ、蔦を躊躇いなく焦がす。
小さな火種は風に煽られ、屋敷全体を覆う焔へと化けゆく。
標的が焼死体となるのは必然の掟。
炎天と野薔薇が一心同体となって繰り出した忍法は、
信長が命を落とした事件に見立てた術である。
甲賀忍者とかつて手を組んだ軍神への哀悼の意が込められていた。
「く、苦しい……!」
灼熱に悶える怨敵に、炎天は目にも留まらぬ速度で止めを刺す。
仙桜寺自身が斬られたことに気が付くのは、それから数秒後のことであった。
「俺の家族を傷つけた報いだ。悔恨の情に苛まれながら死んでくれ」
返り血に見向きもせず、雌雄を決した忍刀が端正に鞘へ納まる。
幼い子どもが見届けている前で死人を出すわけにはいかない。
そのような信条があった炎天は、巧く急所を外していた。
「無念だ。この借りは必ず……」
着物の大部分が燃え尽きた仙桜寺。
彼は機能しない左足を引きずり、惨めな有り様で逃げ帰る。
火傷の状態からどう考えても助からないと踏んだ二人は、
敢えて深追いしなかった。
途切れ途切れに遺る血痕が、決戦の尋常でない熾烈さをはっきりと物語っていた。
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