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序章
序章
朝、仕事へ出かけていく夫を見送った妻は、ふと足を止める。垣根に茂る葉の合間から先の赤い蕾がいくつものぞいているのを見つけたのだ。
今年も山茶花が咲く。去年よりもたくさん咲くだろうか。
玄関先を掃いている斜向かいの主婦に挨拶し、カーブミラーの下に立つ老人に会釈をして、家の中へと戻っていく。すぐにパートタイムの仕事に出かけていくだろう。
庇の下で、玄関の引き戸が閉められる。
女は二階の窓枠に座り、木の低い手すりにもたれかかって晩秋の庭を見下ろした。多くの庭木は葉を落とし、とげとげしい裸の枝を晒すが、ただ敷地を囲む垣根の山茶花だけは常緑で、色鮮やかな葉を茂らせている。咥えた煙草を赤く塗った唇から外し、朝の冷たい上空へと紫煙を吐く。その濁りはどこにも届かず、すぐに霧散する。
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