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第1話 解体屋ザムエル
「ひゃっふーーーー!」
足元に座っている男は、初めての飛行に興奮し大声をあげている。
それを若い竜騎士はヘルムの中で頬を緩めながら見ていた。
竜騎士の名はダイス。
飛竜の背の鞍に立ち、「舵」と呼ばれる魔石を仕込んだ鞍から伸びた棒でドラゴンを操る。
見えるのはダーリャ国の南東に延々と広がるブリスの森と遠くに見える白く高い山々だったが、ようやく森が切れてきた。
「なんだありゃっ」
「でかいっ。急ぎましょう」
森の向こうに見えたのは黒に近い焦げ茶色の小山だった。
「あれがモンスター?!見たことがねぇ」
「私もです」
なるほど、腕のいい解体屋のザムエルを至急、ブリスの森の向こうへ連れていく任務が命じられたわけだ。
「エミュ、頼むぞ」
ダイスが舵を操るとワイバーンのエミュは「ミュミュウゥゥゥーーーー」と甲高く鳴き、速度を上げた。
***
小山のように大きなモンスターの目撃情報はちらほらともたらされていたが、まさか草原しかないブリスの森の向こうに出現するとは想像していなかった。
直ちに森の手前にある森の砦の長モススを隊長にし、砦に駐屯している隊と砦から発展した大きな村のギルドで集められた者たちでモンスター討伐隊が結成された。
初めて見る巨大で不気味なモンスターに手こずったが、なんとか討伐に成功した。
しかし、そのあとに問題が起こった。
討伐されたモンスターは普通、解体される。
気候的に厳しいダーリャ国なので、皮も骨も肉も使えるものは使い、食べられるものは食べる。
これだけの大きさだ。
もし食用にできるのなら、次の冬の食料として随分助かるだろう。
モンスターの解体には専門の解体屋たちが当たる。
今回は巨大なため、討伐が始まってからあちこちから解体屋が集められた。
ようやく、ブリスの森を抜けたそばでモンスターを討伐したものの、解体は難航した。
モンスターには「解体の目」というものがある。
そこを狙えば、どんな鱗に覆われたモンスターも、どんなに分厚い皮のモンスターも解体ナイフが刺さる。
しかし、この巨大なモンスターにはその「解体の目」が見つからなかった。
討伐隊に招集された解体屋の長が腕利きの解体屋に目を探らせたが、誰一人見つけることができなかった。
***
ワイバーンのエミュが青緑の鱗をきらめかせながら羽ばたき、巨大モンスターのそばに降り立った。
背中から竜装備に身を固めたダイスと解体屋ザムエルが下りた。
2人はヘルムとゴーグルを外し、討伐隊隊長のモススと解体屋の長の元へ向かった。
「遠くからよく来てくれた」
モススと長が都から来た2人をねぎらった。
ほどなく、ザムエルの商売道具である特殊な刃物が入った箱の運搬してきた他の2頭のワイバーンも到着した。
ダーリャ国にも数人しかいない竜騎士が3人もそろっているのも人々の関心を引いたが、それ以上にザムエルの容姿に釘付けとなった。
ザムエルを運んできたダイスも今朝、初めて会ったときに不躾な視線をぶつけてしまった。
ダーリャ国はその地形からあまり他国との交流が盛んではない。
多くが白い肌、薄い色の瞳、そして髪は長く伸ばしている。
ダイスもしなやかな若い肉体に、明るく輝く蜂蜜色の巻き毛を後ろで一つに結び、紫水晶の目をしていた。
それに対し、ザムエルはがっしりとした中年の肉体は褐色で、ぎらぎらと光る銀の短髪、そして金に光る目をしていた。
褐色の肌と銀の髪は、隣国ヌヌカの向こう隣の小国サファの民の特徴だが、あまりに小さく国交を閉ざしているためサファの民を見ることはなかった。
解体屋の長の願いで都からわざわざワイバーンで連れてこられた、というだけでも人々の関心を引くのに、この容姿のためますますザムエルは注目された。
それに慣れているのか、気にするふうもなくザムエルは隊長モススと解体屋の長と言葉を交わしていた。
***
モンスターは古い言葉で「巨大」を意味する「インペゲ」と呼ばれていた。
短い休憩をはさみ、解体屋の長はザムエルと一緒にインペゲの周りを少し歩いた。
ここから南西に進むと隣国のヌヌカに到着する。
ヌヌカに続く草原の中の一本道をふさぐように、インペゲは倒れていた。
不気味で奇妙な巨大なモンスターには「顔」と呼べるようなものがなかった。
木の椀を逆さにしたような、まさに小山の巨体は鎧のような分厚い皮膚に覆われており、あちこちから太い剛毛が生えていた。
顔がないので、目や口も見当たらず、小山に8本の太い脚が生えている。
この草原でどうやって生存しているのか
さっぱり見当もつかないし、こんなに巨大なら人の目につきそうだが、目撃情報は最近のものばかりだ。
謎が多く、珍しいモンスターなので、討伐隊の他にも研究者や学者を名乗る者たちも森の砦のギルドから集まっていた。
近くで見れば見るほど、全体像がつかめずわけがわからなくなる。
「討伐からどれくらい経ってますか」
「もう12日は経つ」
「都に比べてここは暑いっすね」
「だから急いだのだ」
小山ほどあるモンスターの肉体の腐敗が進めばどうなることか。
悪臭とどろどろに溶けた内臓と肉塊がこのあたりを覆ってしまえば、この道はしばらく使い物にならないだろう。
ただでさえ、ブリスの森という難所があるのに、インペゲがこのあたりを封鎖し隣国からの食料が運べなくなれば、痩せた土地の国ダーリャの民はたちまち飢えてしまう。
「毒見はなんと?」
「体外、体内ともに毒はなさそうだ。と言ってはいるが、実のところ『目』にナイフを刺してみないことにゃわからんとさ」
「そうっすよね」
「それで、わかりそうか」
「『目』っすよね…
明日、本格的に調べてみないとわからないっすけど、嫌な勘しかしないし、かと言って確信が持てねぇし。
つくづく奇妙なモンスターっすね」
「そうか。モススの旦那にはそう伝えておく。今日はしっかり休め」
「はい。ありがとうございます」
解体屋の長とザムエルの会話は終わった。
翌日、ザムエルはみんなが見守る中、インペゲの周りを歩いたり、触ったりナイフで皮膚を刺してみたり、すでに渡してあるロープを伝って背中の上に上ってみたりした。
ナイフはまったく立たず、小山のてっぺんまで行くには足がかりがなさすぎて途中で降りるしかなかった。
そして告げたのは、確信は持てないがおそらくインペゲの腹の下に『解体の目』があるだろう、ということだった。
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ブログ ETOCORIA
やはりぱんつたいぷらしく自転車操業で / ワイバーンの背中 第1話
https://etocoria.blogspot.com/2021/11/wyvern.html
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