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第7話 深夜の再会
都の肉屋の裏で、解体屋のザムエルと何でも屋のザジが大きな肉塊を食堂用に捌いていた。
時間があるときには、食堂の注文に従って薄切りや角切りなどに切り分けて配達すると少しは高く金が取れる。
ザムエルとザジが2人で肉を捌くのもめったにないことだ。
切れ味のいいナイフで手際よく肉を切り分けるザムエルに向かって、ザジが言った。
「なぁ、竜騎士のダイスの旦那が下で謹慎されているって知っているか」
ザムエルはダイスの名前を聞くと手が止まりそうになったが、何もないふうにして「いや」と答えた。
「謹慎たぁ、どうしてだ」
「んー、なにがあったのか知らないが竜騎士様として役立たずになっちまったそうなんだよ。
訓練にも身が入らず、羽根つきドラゴンも怒らせたらしくて」
「ふーん」
「あれ、気にならないのか。
インペゲ討伐で世話になったじゃないか」
気にはなった。
内容も深刻で動揺もしている。
「いや、どうしたのかと考えてた」
「なんでも1か月前からおかしくなっちまって、半月前から山から下りて、城の騎士団の寮にいるんだとよ」
「ザジはいろんなことを知ってるなぁ」
「ああ、そうだとも。
おまえさんがマニャータに媚薬を仕込まれたことも知ってるぜぇ。
あれも1か月くらい前のことじゃなかったっけか」
「どうだったかな」
ザムエルはぎくりとした。
あのときのことは忘れてしまいたい。
媚薬にやられていたとはいえ、ダイスのダイスを咥え、イカせて意識を飛ばすほど気持ちよくさせてやったことなんて。
「羽根つきドラゴンがかわいそうなんだってな。
竜騎士様とドラゴンは不思議な絆でつながっていて、竜騎士様の不調はドラゴンの不調になるし、あのドラゴンも暴れて手が付けられなくなって城の竜舎に下ろされているんだとよ。
まだ若かったよな、子どもみたいで」
「……っ」
「おいおい、気をつけろよ。
指なんか切っちまって」
「……ああ。ちょっと手を洗ってくる」
「おう、そうしな」
浅くだが切ってしまった指のつけ根を抑えながら、ザムエルは作業場から離れ水場へ向かった。
ダイスの旦那が1か月前から不調で謹慎。エミュも暴れてるって?!
まさか俺の……
***
城の敷地内にある、騎士団の寮の一室で竜騎士ダイスはふて寝をしていた。
それ以外にすることはなく、部屋のドアには外から鍵がかけられている。
自分の将来のことを考えるのも嫌になっていて、小さな窓から見える変化のない景色をぼんやりと見ていた。
ダイスが調子を崩したのは、ザムエルと妙な一夜を過ごしてからだった。
あのときのザムエルの艶と色気は、相手は随分年上の男だとわかっていても強烈にダイスの記憶に刻まれた。
酒に酔ったのか、とろんとした目で花街で見たどの女よりも色っぽい流し目で自分を見つめ、あろうことか「役立たずではないと確かめてやる」と濡れた唇が開き、自分のがそこへ吸い込まれていく様子から目を離すことはできなかった。
ザムエルの口の中は熱かった。
絶妙な舌使いで舐め上げ、しゃぶる。
ふと気を抜くと、そんなザムエルの顔ばかり浮かんでくる。
まったく集中できなくなった。
エミュの世話でさえ、失敗が目立つようになってしまった。
不快なことばかりされ、さすがのエミュもダイスを嫌い、暴れるようになってしまった。
焦って集中しようと思えば思うほど、「旦那がすごい人だって、確かめてあげますよ」というザムエルのささやき声が耳元で聞こえる。
あの感触をもう一度味わいたい。
キスもしてみたい。
ザムエルを脱がして、体中をまさぐってみたい。
ザムエルに会いたい。会いたい。会いたい。
そうか、自分はザムエルのことが好きなんだ。
と、ダイスが自覚するまで時間はかからなかった。
すべてのことに手がつかなくなり、注意した上官にも歯向かい、そして謹慎となった。
「ダイス、飯だ」
トレイに載せた食事を運んできたのは、かつて騎士養成所の同期で今は第二騎士団に入っているヴァリックだった。
寮生活をしている若い騎士が交代で食事を運んでくることになっている。
ダイスはのろのろとトレイを受け取りながら、ヴァリックと今の自分を比べて気分が悪くなった。
能力は互角で、いつもライバルでもあったヴァリックが先に、上に行ってしまっているようで、自分が情けない状態で、無性に腹が立った。
「エミュが鳴いてるぜ」
ヴァリックがぽつりとそれだけを言い、部屋から出て行った。
ヴァリックも竜騎士になりたがっていた一人だった。
ドラゴンが彼を認めなかっただけだが、選ばれたダイスは調子に乗っていたのかもしれない。
歯ぎしりしても、壁や床を叩いても、この状況から脱することには繋がらない。
ただ、ザムエルに会いたい、とだけ思っていた。
しかし、ヴァリックのことばではっとした。
エミュのことをあまり考えていなかった自分に気づいたからだ。
もそもそと味気ない固いパンと具がほとんどない味のないスープを惰性で食べながら、エミュのことを思った。
最後はひどく怒らせてしまったなぁ、エミュ。
ドラゴンと竜騎士がペアになると、特別な絆が生まれその相手に依存し、他の人間に世話をされるのをドラゴンはひどく嫌うことがある。
竜舎生まれのエミュなので、そこまでではないと思いたかったが、妙な胸騒ぎがした。
空になった器を下げにきたのもヴァリックだった。
そしてダイスは聞かなかったのだ。外から鍵をかけられる音を。
***
深夜、ダイスは緊張しながらドアの取っ手に手をかけた。
予想通り、ドアはあっさりと開いた。
ぐずぐずしている暇はない。
ダイスは心の中でヴァリックに礼を言いながら、急いで外に出た。
明るい月夜だったが仕方ない。
それでも慣れた場所だった。
騎士たちが住む寮に押し入る輩はそうそういないため、警備などはされていなかった。
ダイスは足音を殺し、走った。
向かうは竜舎。
竜舎の周りにはワイバーンが空から着陸したり、羽ばたいたりできるような広い草はらがあった。
ダイスは目を疑った。
今のこの時間ならワイバーンはすべて竜舎の中で眠り、逃げ出さないように外からかんぬきがかけられているというのに、草はらに出て、木の柵越しに誰かといたからだ。
「………ザムエルさん?」
会いたくて会いたくて会いたくて、夢にまで見たザムエルがエミュの首をさすりながらぼそぼそとなにかをしゃべっていた。
「ダイスの旦那……」
「……ュ……」
驚いたザムエルとエミュが声を漏らした。
沈黙を破ったのはザムエルのほうだった。
「すみませんでした、旦那」
「え」
「きっと俺が薬のせいで妙なことを旦那にしたから、旦那の調子を狂わせちまったんでしょう?」
「あ、いや」
「エミュも旦那がいなくて寂しがっていますよ」
「ごめん、エミュ」
ダイスはエミュに近づき、頬をなでた。
久しぶりのエミュの鱗の感触に鼻の奥がつんと痛くなった。
「よかったなぁ、エミュ。ダイスの旦那が来てくれたぞ。これで安心だ」
エミュが自分に顔をすりつけてくるので、ダイスはエミュの顔を抱きしめた。
「旦那、もういろいろ忘れて精進なさってくださいね」
「忘れる?」
「あの時のことは、まぁ、ちょっと悪いオトナと遊んだと思ってくだせぇ」
「なんで」
エミュから顔を離し、ダイスはザムエルを見た。
「なんで、って、そのほうが旦那のためですよ。
遊ぶ相手は慎重になったほうがいいし、そもそも遊ばずにしっかり者でかわいい子を見つけたほうがいいでさぁ。
竜騎士様ならより取り見取り。
いい子が見つかりますよ」
ザムエルの言葉にダイスはかっとなった。
「嫌ですよ」
言うが早いか、ダイスはザムエルを抱き寄せ強引にキスをした。
すぐさまザムエルに払われて、唇は離れてしまった。
「悪ふざけが過ぎますぜ、旦那」
「ふざけているのはそっちのほうだ。
私は好きなのに、そんなふうに言うだなんて残酷だ」
好き?
誰が?誰を?
ザムエルは驚きを隠せなかった。
その隙をダイスは見逃さない。
またキスをしようとした。
しかし。
「俺には国に待ってるやつがいるんで」
ザムエルの言葉にダイスの胸には苦いものが広がる。
そうだ、何でも屋のザジが言っていた。
ザムエルは故郷に妻子がいる、という噂があった。
あれは本当なのか。
ダイスがひるんだのを逃さず、ザムエルはダイスの手が届かないところまで離れた。
「じゃあ、そういうことなので。
ダイスの旦那、エミュと素晴らしい竜騎士様になってくだせぇよ。
エミュ、元気でな」
そう言うとザムエルは後ろを振り向くことなく、立ち去っていった。
ダイスは妻子ある人を奪うという重さに動けなくなった。
エミュは小さく「……ミュ……」と鳴き、ダイスと共に離れていくザムエルの後姿を見送った。
翌日、夜明けと同時にザムエルは都から去っていった。
***
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