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夕方になり、ネットカフェで漫画を読んでいた桐谷の携帯がテーブルの上で振動し、画面を確認した桐谷はシラけた表情で短くため息をつくとゆっくり腰を上げた。
タクシーを拾ってセキュリティが完備されたコンシェルジュ付きオートロックマンションに到着する。
自分を呼び出した相手の部屋番号を押すと、返事する声もないままエントランスのロックが解除された。
部屋のインターフォンを鳴らすと返事もないまま部屋のドアが中から開き、顔を合わせた瞬間向こうが「お疲れ〜」と声をかけてきた。
「──それやめろよ」と桐谷は露骨に嫌そうな顔をした。
桐谷を迎え入れてくれた相手は女性で、年齢は桐谷と同じ18歳だった。
艶やかな黒髪ロングストレートの清純な髪に似合うナチュラルな眉にハッキリした二重の丸い瞳。どうやらすっぴんらしく、膨らんだ涙袋効果なのか余計に年齢よりも幼く見えた。
それに反して過剰に成長した胸が窮屈そうにバスローブに仕舞われていた。
相変わらず顔と身体が合っていなくて、桐谷は金で出来た偽物なのではないかと、廊下の前を歩く揺れている尻をおもむろに撫でてみると「気安く触んな」と舌打ちされた。
彼女は桐谷を三万で売り子として雇っている相手であり、つまりはエロ漫画の作者である──。
「今日はありがとねー、いやマジ感謝! 次もまたよろしくねーっ」
「予定が空いてればな」
「どうせいつもぼっちなんだから、予定なんて幾らでも空いてんだろ」
「お前な」
彼女は身体だけでなく、口も顔と反比例していてすこぶる悪かった──。
3LDK──。
18歳の女子一人が住むには無駄に広くて、無駄に高いマンションだ。だが、彼女はこの家賃を自分の給料で払えるくらいには稼ぎがあった。
──なぜなら彼女は、LOVE6という人気アイドルグループの一員だからだ──。
しかし、このマンションは全て事務所負担であり、行き過ぎたファンやストーカー防止対策のため、セキュリティの強い良い物件に彼女を住まわせているのだ。
特に彼女はグループの中でも一番人気を誇っており、今日のゲリラライブのほとんどが彼女目当ての客だったことはわざわざ調べなくともそれはすでに周知の事実で、最低でも確実に一人は彼女目当てであったことを桐谷は同級生のうちわで確認している。
「柚莉愛がこんな口の悪い性格ブスで、その上エロ同人作家だなんて知ったらファンが泣くな」
「うるせぇよ。でもまあ、同人作家ってのはまた別の新規のオタクがつくと思うんだよねぇ〜」
柚莉愛のいうオタクとは俗世間でいうところのアイドルファンの別称だ。桐谷はその呼び方が基本的に好きではないので使わない。
「CMの仕事は減るだろ。清純派アイドルにエロはイメージやべぇって」
「エロが嫌いな人間なんかこの世にいるの? 聖人ぶってんなよって話。この世からエロが消えたら必然として人類皆滅びるからね」
「夢くらい見せろよ、仕事なんだから」
「ねぇ、もう説教ウザいからさっさと風呂入ってきてくんない?」
柚莉愛は桐谷の話にうんざりした様子で一人でソファに座るとテレビをつけて待ちの姿勢に入った。最早それは18歳の風格ではない──。
「マジでファン泣くぞ」と桐谷は呆れながらも大人しく風呂場へと向かった。
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