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第49話 生きる
そんなある日一台の車が近くに来て止まった。
「凛じゃないのか?」
「えっ……」
「凛だろう!そこにいるのは」
「光司叔父さん?」
「良かった、生きていてくれたんだ」
光司叔父さんはお母さんの弟で、町の役場に勤めてた。
叔父さんは涙を流しながら私を抱きしめた。
「良かった、生きていてくれて」
「叔父さん、もう家で分かるのはこのお風呂のタイルだけなの」そう言って泣いた。
「そうだなあ、ごめんよ早く見つけてあげられなくて……津波のあとは寝る暇もなくてなあ」
「うん、解ってる、困ってる人がいっぱい居るからね……」
「俺の家も流されちゃってな……」
「そうなの?」
「今はあの高台にある町営住宅の一部屋にいるんだ、色々と話したいから訪ねてきてくれないか?」
「うん、解った」
私はそれから叔父さんの部屋とお風呂場のタイルの前を行ったり来たりした。
その間にあるキャンピングカー会社の社長さんと仲良くなったの、いつもタイルの前で泣いてるから慰めようとお菓子やジュースをくれたわ。
それでも学校へ行かなくちゃいけないので、叔父さんと相談して近くの親戚に身を寄せて学校に通い始めた。
でも親戚の人が夜にヒソヒソと話ししてるのが聞こえた。
「なんで生き残ったのが凛ちゃんなんだろうね、蘭ちゃんだったら良かったのにねえ」
私は布団の中で声を出さないように泣いたわ「私だって蘭が生き残った方が良かったって思ってるわ……」
叔父さんに相談して遠い親戚に身を寄せたの、でも今度は何も知らない子たちから放射能で汚染された子だっていじめられたわ。
でもただ耐えることしかできなかった。
だって私は家族を見捨てて1人生き残ったんだもの、何を言われても仕方がないの。
やがて叔父さんがアパートを借りて暮らし始めたから「叔父さん、ここに置いて」って親戚でのことを話した。
「そうだったのか……ごめんな凛」
そして高校はやっと落ち着いて暮らせるようになったの。
でも心に残された「ごめんなさい、とさようなら」は消えることはなくて、ずっと痛みが消えることはなかった。
高校を卒業するとき、叔父さんは「家のあった土地はどうする」って聞いてきた。
「私はあそこにはもう戻れない、辛いから」
「じゃあ、処分するか?」
「うん……お願いします」そう言った。
しばらくすると、家の基礎は壊され、タイルの残ったお風呂の後も取り壊された。
そして私には何もなくなったの。
残されたのは言えなかった「ごめんなさい……そしてさようなら」それだけ……
リンは俺の手をギュッと握りしめた。
「私は家族にごめんなさいもさようならも言えてないから……そんな私が幸せになれるはずがないの……いや、幸せになんか成っちゃいけないの」
リンはオレの胸に顔を埋めて嗚咽した。
リンの抱えていた悲しみはオレの想像を遥かに超えていた。ただリンを抱きしめる事しかできなかった。
「リン、ごめんよ…………オレ何にも出来なくて…………何の力もなくて…………」
自分の無力さに呆れ果てて、ただ涙がポタポタと溢れリンの頭に落ちた。
「ありがとうタクちゃん…………一緒に泣いてくれて…………それでけで嬉しいよ」
「ごめんなリン…………オレは何も出来ないダメなやつだ…………本当はリンの抱えている悲しみを一緒に受け止めたかった…………でも………オレはあまりにも無力だ…………」
「タクちゃん、一緒に泣いてくれる事がどんなに心強いかわる?」
「わからないよ…………」
「タクちゃんは、今私の悲しみを一緒に受け止めてくれているわ」
「そうなのかい?………………」
その夜2人はだだ抱き合ってお互いの温もりを確かめた。
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