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私の隣にお行儀よく座ったクリスが、澄んだ青い瞳で私を見上げ、ふっと頬を紅く染めた。
「ねぇクリス。みんなが言った事はあながち間違いじゃないの。ピアノは手で弾くものだけれど、心で弾くものでもあるのよ? さあ、鍵盤の上に指先を乗せてみて……卵を手のひらで包むように、ふわっと、優しく……そうよ、とても上手だわ」
鍵盤の上に差し出された白い手の甲に赤紫色の痣が見えた時、胸の奥がざわりと厭な音を立てた。それは自分の苦い経験とも重なるもので、だからこそ確信をした——…
クリスは、他の誰よりも美しい音を紡ぐことが出来る、と。
「あなたの心が、鍵盤の音を奏でるの。だからね、クリスが嬉しい時は明るい音が、悲しい時は沈んだ音が出るのよ……不思議でしょう?」
「でも……。みんなが、僕には心が無いって。空っぽだって。だから僕にはピアノなんて弾けないって……」
「じゃあクリス。どの指でもいいから、鍵盤を押さえて音を出してみて?」
遠慮がちに押された鍵盤からは、ポーン——と、心許ない音が響く。
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