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それからオーベリウスは寝食を削り、勉学や研究に励んだ。主に治癒の魔術についてだ。
宮廷魔術師になるには魔術の精度や魔力の量だけでなく、何か抜きん出たものがなくてはならない。
例えば、魔力の量が極端に少ないが離れた場所に転移する陣の発明をした者、天候を操ることができ、よほどの使い手かと思いきや他の魔術が一切使えなかった者などもいる。
その中で、治癒に関する魔術を使えたものはほとんどいない。オーベリウスはそれに目をつけた。
魔術だけでなく薬学や医術の文献も読み漁り、知識を貪って血肉にしていった。
医師として数年病院にも勤め、現在は大学の薬学の授業も専攻している。
けれども、母の病を治すことはできなかった。老衰によるものはどうしようもない。オーベリウスにできるのは苦痛を和らげる薬をだす対症療法しかなかった。
母親も治せないのか、そんなやつが宮廷魔術師になれるのかと、見えない何かが罪の意識の姿をとって夜毎オーベリウスに囁きかける。
オーベリウスは、母親を治さねば宮廷魔術師になれないという呪いを無自覚のうちに、自身にかけていった。
オーベリウスが弟子に出会ったのはそんな頃だ。
オーベリウスが23歳、弟子であるマーカスが12歳の時であった。
オーベリウスが大学にいくと、講義室に子どもがいた。黒髪を短く刈り上げていて、着ているものは袖がほつれ襟が黄ばんだシャツ、サスペンダー付きの黒いズボンだ。
飛び級で入ってくる子どもは稀にいるが、それにしては裕福な印象ではない。考えられるのが奨学金だが、よほど優秀でなければ与えられない。
不吉に似た予感に背筋がざわめく。
この子どもは、ひょっとしたら、自分よりも優秀な人材ではないかとーーー
その子どもが振り向いた途端、オーベリウスは全身が粟立った。
その子どもは紫色の目を持っていたのである。あの、宮廷魔術師によく見られる色だ。
「オ、オッ、オーベリウス・ラインハルト!」
子どもは勢いよく立ち上がり、紫色の目を輝せ、少年特有の高い声が響き渡った。
「あ、あ、あの、俺、いや、ぼく、貴方の論文を読みました!ほ、本当にすごいです!すごく、尊敬しています!」
少年の声も、そのか細い全身も震えていた。
オーベリウスはそれどころではなかった。飛び級してきた少年、奨学金の可能性、宮廷魔術師が持つ瞳。それらが脳内で螺旋を描き、少年の姿を覆い隠す。そして、歪んだ少年の姿は何かに変わり、口の両端が釣り上がる。
お前は宮廷魔術師にはなれない、とソレは囁く。ソレは、毎夜オーベリウスの頭に響く声と同じ音だった。
ソレは現世に具現化された悪夢であった。絶望感が、オーベリウスを襲い意識を刈り取る。
暗転する直前、オーベリウスは予感していた。
ーーーーーーこの少年は、私の敵だ
と。
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