空虚な呪詛と愛の囁き

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「あー・・・世話をかけたね、感謝するよ」 オーベリウスは屈辱に歪む口元に手を当てながら言った。優しい口調でとぐろ巻く嫉妬を隠す。妬み嫉みで相手を攻撃するのはくだらない人間だ。兄や姉と同じように。 「い、いえ、あの、俺は何も」 手をぶんぶんと振り、戸惑う姿は普通の少年そのものだ。 「この陣は実に美しいね」 「えっ」 「誰に教えてもらったんだい」 「いや、それは、自分で・・・でも、みんな下手くそだって。宮廷魔術師になれるわけないって」 オーベリウスは息が止まるかと思った。この陣を独学で組んだということと自分と同じ宮廷魔術師を目指していることに動揺が走る。また、この陣を見た人間の目は節穴かと罵らずにはいられなかった。オーベリウスには、マーカスの実力は大学の教師陣にも匹敵するであろうことが理解できた。 「あの、俺、いやぼく、貴方の弟子になりたいんです」 また頭がくらくらしてきた。 頭を抱えるオーベリウスに、マーカスは自分の身の上を話した。緊張と興奮に顔を紅潮させ早口で捲し立てる。 街で平民の子として育ち、父親は料理人をして家族を養っていた。あるとき父親が酷い火傷を負い、当時病院に勤務していたオーベリウスに父親を治してもらったらしい。 見るも無惨に赤く爛れた皮膚が、微かな白い痕だけ残して綺麗に治り、よほど腕のいい医師かと思えば魔術師だと知り驚愕した。薬学にも精通しており薬の調合もできると聞き舌を巻いた。 こんなすごい人に、どうやったらなれるのだろう。 そう考えたマーカスは、公立の学校で行う魔術の適性検査を受け、尋常ではないほどの数値を叩き出す。あれよあれよと試験をパスし、しっかり奨学金を受け取り大学にまで飛び級してきた。 オーベリウスはまったく覚えていなかった。マーカスの父親は大勢いる患者の一人で、治癒の魔術式の実践対象でしかなかった。 「なぜ宮廷魔術師になりたいんだい?」 「それは、言えません」 すみません、としょんぼりするマーカスを見ながら、オーベリウスは少しでも自分のいいように物事が運ぶよう算段を立てていた。 そして、仄暗く卑劣とも言える考えが浮かぶ。 この少年を手元に置いておけば、どうとでもなるのではないか、と。 わざとゆっくり物事を教えたり、逆にこの少年から技術を盗むのもいい。オーベリウスに心酔しているらしい様子から宮廷魔術師になるのを思い留めるよう言いくるめられるかもしれない。 オーベリウスはこの上なく優しい声で話しかける。
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